2008年7月10日木曜日

料理がしたい②

結婚して5年間はアパートでの二人暮らしだったので、嫁の帰りが遅い時、昼食等、よく料理をしていた。

料理とはいったものの、その大半はインスタントラーメンであり、ネギを切るぐらいしか、俺の華麗な包丁裁きは出来なかったが、それでも数回はきちんと料理したことがある。

カレーを作ったことがある。玉葱を多量に使った。玉葱をとろけるくらいまで炒めまくって、その後に肉、野菜を入れ、カレー粉をトッピングして作った。

我ながら美味しいと思った。炒めた大量の玉葱がまろやかさを演出し、インド人も日本人も喜んでくれるくらい、スパイシーさの中に和の隠し風味があった。

嫁は食べるなり一言、「辛い!」と言った。 カレーを辛いと言われても防ぎようがない。
それに何だか不機嫌だった。何がいけなかったのだろうか? 作るだけ作って後片付けをしなかったのが原因だろうか? それとも、おでん鍋に満タンの10人分くらい作ったのがいけなかったのだろうか? それとも嫁が買い置きしていた上質の肉を全部使ったのがいけなかったのだろうか?  何だか料理に対するモチベーションが下がった。

下がった後は上がるのみ! 一ヵ月後、俺はスープを作った。冷蔵庫にあったあらゆるものを入れた。そして、キャベツや人参が、へたれになるまで熱で攻める。大量の野菜が甘みを演出し、ベーコンとコンソメパウダーが味の土台を作る。最期に秘伝の隠し味とトマトジュースをだぼだぼ入れて完成!

むちゃくちゃ美味しかった。トマト風味で味はしっかりしているが、基本が薄味でくどくならない。病人に飲ませたら一発で元気になるだろう。俺は自分の料理の才能を自己賛美した。

嫁は食べるなり一言、「熱い!」と言った。スープを熱いと言われても防ぎようがない。
それに何だか不機嫌だった。何がいけなかったのだろうか? 台所が水浸しで料理かすが床に飛び散っていたのがいけなかったのだろうか? ラーメンの器にたっぷり注いで提供したのがいけなかったのだろうか? 刺身用の魚を使ったのがいけなかったのだろうか?
秘伝の隠し味、すっぽんエキスを入れたのがよくなかったのだろうか?

料理に対するモチベーションは再び急降下! 俺はすねて大酒くらってふてねした。
鍋にはあと10人は食せるであろう量のトマト汁が残っていた。

台所というのは、女の聖なる場所であり、男がちゃべちゃべと出入りすることは、なおん感情を逆なですることにほかならない。俺はこのとき、そう思った。
それ以来、料理はしなくなった。

嫁の親と同居した後は、台所自体に近づかなくなった。「なおんの聖域を汚さない、思慮深い俺・・・。」俺は酔っていた。酔うためのビールは台所外の冷蔵庫に確保した。

釣ってきたサヨリの表面のぬめり取り、カワハギの皮剥ぎ、餃子の包む手伝いで台所に出入りしたことがあったが、基本的には料理をしようとはしなかった。

ある時、おとんもおかんも嫁も帰りが遅い日があった。

俺は久々に台所を占有したい欲望にかられた。バスタオルをエプロン代わりにし、本家からもらった大量の玉葱をむきむきし、オニオンスライスとカレーを作った。

オニオンスライスは1人分ずつ皿にいれ、冷蔵庫で冷やした。そして食す前にドレッシングをかけた。

家人が帰りだし、俺はサプライズを期待したが、あまりの家族の無反応にサプライズドした。

オニオンスライスは辛かった。俺は切るだけかと思っていたのだが、水に浸しておかないといけなかったようだ。おかんと嫁は、「辛い!」と一言、小皿の中身を俺の皿に入れた。
おとんだけが、涙を垂らしながら完食してくれた。ありがとう、おとん! やっぱり俺たち男同士だ。俺も涙を流しながら、完食した。

それ以来、料理をしていない。もう5年になるだろうか? 

1人暮らしならば台所を自由に使えるが、結婚、まして嫁親と同居の身分では、なおんの聖域に出入りするのは非常に困難だ。

料理をする男がうらやましい。料理をする男がねたましい。料理がしたい。

料理がしたい

男の料理人に憧れる。板前とまではいかなくてもよい。一人暮らしで自炊をしている男を見ると、憧れる。結婚していても家庭で頻繁に料理を作る人に憧れる。外食して選ぶ席は、なるべく厨房が見える位置だ。男の料理姿の一挙一動にほれぼれする。

和でも中華でも西洋料理でも良い。ラーメンでも蕎麦でも麺打ち場面でも良い。男が食すもののいずれかの工程に携わっている姿を見るのが好きだ。

小学生の頃、俺は料理をよくした。よくしたといっても月に1度くらいだが、家族にもふるまって好評だった。「あんた料理の才能あるで。辻調理専門学校行き!」とおかんに言われた記憶がある。クッキーなどもしょっちゅう作った。スーパーのレジ袋の大きいサイズにいっぱいになるくらい、数時間かけてひたすら焼いて、それを常に携行しては、おやつにしていた日々もある。できたても美味かったが、冷えたクッキーの味わいもよかった。今でも味覚として確実に覚えている。

ところが、中学以降全く料理をしなくなった。家庭内での反抗からか、家族と接する機会が多い台所周辺には殆ど立ち寄らなくなった。

大学に入った時、自炊する男友達に憧れて、何度か自炊を習慣化しようと試みたことがある。その頃俺は、日払いバイトをしていたので、毎日6500円が手に入った。そして毎日6500円使った。全て飲食にだ。夜は連日、馴染みのお好み焼きや、中華料理屋で数千円を使った。

これではいけない! 反省する機会が年に数回あった。その度に俺は、「今日から自炊して、お金を貯めて楽器を買おう!」と意気込んだ。ちょうど、パチンコで数万円の臨時収入もあり、懐は豊かだった。

スーパーに行く。むちゃくちゃ楽しかった。砂糖・塩、醤油から山椒、七味、胡椒、カレーパウダーまでの調味料から、あらゆる野菜、ミョウガなんかも仕入れた。肉や魚の安いものを吟味して購入する。いっぱしの賢い主婦気取りで、スーパーの棚配列を覚えるくらい、京都白梅町近くのスーパーで買い物した。

下宿に帰り、料理するメニューを考えた。散々考えて、とりあえず初日はチャーハンにしようとした。鮮魚、肉、野菜などたくさん仕入れた結果がチャーハンだ。「でも大丈夫!今日から自炊に目覚めるのだから、明日からのメニューはゆっくり考えよう!」とでも能天気に思っていたのだろう。

脳は天気だったが現実は曇天、米をたく機器がなかった。慌てて炊飯ジャーを買いに行く。しゃもじも買い、米は近江のパールライス、なぜかしらないが、米売り場近くにあった、違う種類の米類も買った。もちごめと玄米だった。

下宿に帰ってチャーハンを作った。包丁がないことに気がついて、手でむいたり割ったりした。フライパンがないことに気づいて、またまた買出しに・・・。

準備万端、俺はプロの中華料理人が、フライパンを手首で操る姿が好きだった。だから真似た。
フライパンの中身より外にはみ出た量の方が多かった。拾った。

出来上がったチャーハンをやっと食そうかとする頃、ちょうど先輩が家に入ってきた。かぎもかけずにいたので、そのままいきなり乱入してきた。俺はびっくりして皿をひっくり返した。床にぶちまけられた米を拾って食べた。まずかった。深夜に腹が減ってカップラーメンを食べた。

後片付けを忘れていた。夏だった。臭った。虫が寄生した。怖くなった。逃げた。臭いが強くなった。さらに逃げた。

この日以来、俺は料理をしなくなった。この日の料理の値段は3万円を超えた。買いだした冷蔵庫の中身は、1度も調理にかけられることなく、悪臭と共にごみと化した。ビールとアイス以外入れたことがなかった冷蔵庫が臭くなった。

次に再び料理をしたのは、4年後になる。それ以降もドラマがたくさんあった。明日以降に記す予定だ。
俺は料理がしたいのだ。でも事情が色々あるのだ。

2008年7月8日火曜日

サミット気に食わない

洞爺湖サミットが始まった。警備体制などでの盛り上がりはあるが、外的パフォーマンスに比して、内実は???であり、どうも気にくわない。

だいたい、国連があるにも関わらず、「主要国首脳会議」という趣旨からして気にくわない。
1年に1回の短い時間で議論される話は、しょせん文書間のやり取りや、電信でも十分対応可能なもので、莫大な費用と関連する人たちの労力を考えると、エコとは対極の無駄の極みであると思う。

富山県警からも数百人の応援派遣があったと聞くし、沿道ではテロ防止の検問がなされている。警備させられる警察官の心労やいかに? やめちまえ。

居酒屋での顔見世対談がスケールを大きくしただけのもので、コミュニケーションを実際に会ってとるという面ではプラスの側面もあるかもしれないが、それなら、どっか無人島か誰かの別荘ででもやって欲しい。砂漠でやるのもいいな。島国に上陸するな!

だいたい、続々と訪れる各国の要人達、あんなでっかい専用機があるならば、相乗り折半で来たらいいのにと思う。1国1機飛ばす行動自体が、サミットコンセプトに反していると思う。

砂漠の真ん中に簡易へリポートを儲け、簡易便所を設営し、香具師なんかを派遣して、テントで各国首脳が寝泊りするのが、究極のエコ的パフォーマンスだと思う。会議なんてものは、事前に台本が用意されたパフォーマンスなんだから、もっと質素に出来ないかな?
テントで寝泊り、裸の付き合いで各国首脳が語り明かす。なんて素敵な首脳たちだ。
全ての議題はひとりでに良い方向に向かうだろう。

もし、今のような派手なパフォーマンスを継続したいのであれば、北朝鮮などに乗り込んでやれば面白い。将軍もたじたじになるだろう。もちろん、ショバ代を北朝鮮に払う。しかし、各国首脳が落とす一切の経済利益も含め、全てを将軍の息のかからない国民に配分する。
警備面で多大な心配はあるが、各国首脳が体を張って乗り込む姿に世界は共感するだろう。そうなれば、国連を離れたフライング気味の首脳外交も意味を成すだろう。

だいたい、G5,6,7やら、Gの後に数字が付く会議は、ろくな成果をもたらしてくれない。G5蔵相会議がバブルを膨らませた事例が代表的な例だ。

「サミット」という言葉を聞くと、「桃太郎電鉄」で、嫁にサミットカードを使われ、キングボンビーにとりつかれた、腹立たしい経験を思い出す。俺はそのゲーム、順調にすすんでいたのが、サミットを機に、キングボンビーの邪悪な裁きでマイナスになった。サミットはろくでもないカードだった。
なんともいけ好かないサミットだが、無事に波乱無く、安上がりで終わり、主要国の偉いさんには早くおいとましていただきたい。ろくでもない外交カードにならないことを願う。

2008年7月7日月曜日

将来が心配な店員

コンビニ店員に対してのネタは過去にも数回書いたが、いつも利用するだけに、興味に事欠かない。

最近の通り道でよく利用するコンビニでのこと。

水とガムを買ってレジへ。

真面目そうな、歳は30歳手前だろうか、スマイルを絶やさずに爽やかにしようという意図が感じられるが、悲しいかな偽善的な笑みは不自然で気持ち悪げな風貌だ。

「~ポイントカードはお持ちでしょうか?」

無い旨を伝えると、「~が1点、~が1点合計2点で~~円になります。」とお決まり対応で無難にレジを打つ。マニュアル対応は馴染んでいたように思う。

ここまでの対応ならば、個人的なキャパシティーの差は露見しない。

ところが、ここから先がいけない。

俺は一万円札に端数の小銭を足して渡した。彼はすぐさま、「~~円お預かりします。」
といって、お釣りの紙幣を用意しだした。「お先に大きいほうから5,6、7、8、9千円お返しします。」

そして、小銭になったとき、彼は小銭をつかみ損ねて落とした。そして、それを必死で探すためにしゃがみこみ、俺の存在は数十秒無視された。
やっと見つけて拾ったお金、彼はそれを、ひたすらマニュアルの続きを唱えながら俺に渡した。「残り小さいほう、800円のお返しです。」

こりゃ! 金を落としたら後から拾わんかい! それに、拾った埃のついた小銭を目の前で俺に渡すな! 

とは言わない。俺のジェントルな性質が罵声を止めてくれる。

店を後にし車に戻る。座席に座った瞬間、たばこを買い忘れたことに気がついた。

すぐさま再度店内に入る。俺が出てから再び入るまで、他の客はいなかった。

彼は言う。「いらっしゃいませ。~ポイントカードはお持ちでしょうか?」
え?さっき無い言うたやん!と心で思いながらも、俺は軽く無視して、「マルボロライトのメンソール1つ」と言った。

あいにく、陳列ケースには俺の目当てのたばこがなく、切らしていたようだが、上にカートンがあるのが見えた。

彼は言う。「あ、申し訳ございません。ただいま切らしておりまして・・・。」

俺は言う。「上にカートンあるやん。」

彼は言う。「あ、少々お待ちください。」そういって、ウォークインにいるであろう先輩店員に聞きにいく。そして戻ってきてからカートンの包装を破りだした。

「許可いるか????」 彼がかわいそうになってきた。

コンビニを再び後にする俺、彼が俺の後姿におじぎしているのが、ドアのガラスに映る。
いい奴だ。でも干されるのは時間の問題だろう。

彼の将来を親に成り代わり心配する。

2008年7月6日日曜日

嬉しい知らせ

今年の春先にずっと相談にのっていた以前の塾の教え子から、今日、久々に電話を頂いた。

高1の3学期をずっと不登校で過ごし、高2になる今年の春休みは連日相談に乗り、色んなプランを共に考えていた。

正直、学校復帰は厳しいと思っていたし、大検予備校からの大学進学が一番可能性が高いと思っていた。

彼とは中学時代に関わりを持っていたが、当時から自分自身で問題を解決していく力の欠如を心配していた。医者であるお父様に相談し、受け身の姿勢を無くすために塾を1度辞めることを提案していた。

しかし、高校受験を控えていたこともあり、塾は継続され、言われたことだけに取り組む状態のまま、だましだまし能力だけで受験をクリアし、進学校に無事合格された。

そんな彼が変調をきたし、不登校になった旨を昨年の暮れにお父様から聞かされた。
お父様自身、自分がふがいないとすごく落胆されていた。一般的ないい子であることで満足してあぐらをかいていたことが恥ずかしいともおっしゃっていた。

ただ、このお父様が素晴らしいのが、親として子どもに媚びない姿勢と、世間体なんかは全く気にしない上で、息子に1人の人間として厳しい姿勢で全力対峙する覚悟をおっしゃられた。その上で、緩衝材として、俺に間に入って欲しいという趣旨の依頼を頂いた。

すごく感銘を受けた。お医者様という職業の方をたくさん見てきたが、どうしても世間体と金銭で問題を解決しようとする方が多い中で、謙虚で懐の深い性質に頭が下がった。

意気に感じて息子さんと対峙したが、劇的なことは起こらなかった。らちのあかない会話がくり返され、時間ばかりがたった。

あらゆる進路の選択肢をこちらから単に与えるだけでなく、自分で調べさせるように仕向けた。遠くの大型書店に連れて行き、自分で、中退した場合の選択肢としてどのようなものがあるかを、中の書籍から調べてくるようにさせた。

最初は、「何見ていいかわからん。」と言いながら、ぼ~っとしていたので、書棚に連れて行き、また1人にさせた。今まで自分で参考書なんかを探しに本屋に行ったこともなかったという。

書籍を購入後、学校に行きたくない動機を1つずつ紙に整理し、中退する場合、残る場合、それぞれのメリット・デメリットも整理することをすすめた。

最終的には、高校に残って進学を目指すのが一番楽で、一番の近道である点だけを力説し、自分自身で決断するように促し、方向性が見出せたら連絡欲しい旨を伝えて数ヶ月が過ぎていた。

高2になった春、何とか再び学校に行きだした旨の連絡をいただいたきり、しばらく連絡がなかった。

便りがないのは良い便り。 

久々の音信となった今日の電話。

なんと、高2の1学期、ほとんど欠席せずに学校に戻れたという。感動の嵐だ。1度気持ちが切れてからの学校復帰、すごいエネルギーがいったと思うが、大したもんだと思う。

学業の遅れを少しずつ独学で取り戻し、旧帝大のどれかを目指すという。何でもまる投げで塾に逃げる姿勢も改め、自分で少しずつ欠席していた単元を遡って取り組んでいるという。

高2の夏休みを控えた今、今からの受験勉強計画と英・国の質問だけ頼らせて欲しいという。 喜んで引き受け、水曜日に会うこととなった。

今後、彼の日常に、相談できる友人や恋人との縁が訪れ、俺ごときに相談する必要がないようになってくれたら、なお良いと思う。今日の朗報で、十分こちらは嬉しくなった。水曜日を境に音信が途絶えることを望む。

商売とは離れた部分で、良い体験をさせてもらった。彼に便乗して、少し多目の酒を飲もう!祝杯だ!

2008年7月5日土曜日

物語ること

久々(といっても3週間ぶり)に図書館で本を借りる。

川西蘭『夏の少年』、立川談志『談志受け咄』、 太田省一『社会は笑う』、
矢野誠一×中原道夫『衣食遊住がらくた館』、秋岡伸彦『読売コラムニストの13年~バブル景気から平成不況へ』

最近は読書ペースが落ちているので、10日くらいは持つだろう。久々に物語も借りた。川西蘭の物語には懐かしさがつまっていて、琴線に響く。

暑さが本格化。クーラー入れながら、久々にルーリード「トランスフォーマー」を聴く。

最近、よく考える。日本語の歌詞で物語るのは難しいなと。日本語圏内の音楽において、ストーリーテラーとなるのは難しい。何度か挑戦したが、物語りきれない。

ルーリードの例で言えば、「ハリーはフロリダのマイアミからやってきた (中略) 彼女は言う “あんた、裏街道を歩きなよ”」とか、「ジャッキーはスピードでいっちまっている」とか、「金持ちの息子のハリーは司祭になりたがっていた」といった具合の物語る歌詞だ。

上記の例にしても、日本語にした時点で興ざめしてしまう。英詩として聴いていたら入りやすいものも、日本語変換をすると粋でないお江戸風味になってしまう。

ボブ・ディランにしてもしかり。

何でだろうな? 上記の歌詞を日本の事例で置き換えたらどうなるだろう?

「山田は和歌山の市内からやってきた (中略) 彼女は言う “あんたな~、地下に潜り!」   なんだか、鉄砲玉になった構成員への姉さんのセリフだ。消されるぜ!

「佐藤は咳止め薬で躁鬱が激しい。」    なんだか、いがいがしい。要治療。

「ぼんぼんの田中は坊さんになりたがっている。」    ドラムより木魚が響く。大谷大学を勧めるぜ!

ストーリーテラーとしての素晴らしき日本語の詞世界で、俺が知っているのは、ブランキー・ジェット・シティーの「悪い人たち」ぐらいだ。知らないだけで他にもあるのだろうが、絶対的に少数だ。

日本人には行間を読む力が他国の人よりも備わっていて、その間を大事にするために、音階を乗せて物語ることは、どちらかというと野暮ったいものに感じる素地があるのかもしれない。

インテリジェンスの語源はラテン語かなんかで、「行間を読む」ことらしい。そんな講演談話を最近の新聞で読んだ。

なるほどなるほど。日本語と同じく行間の余韻があるハングル圏の将軍様の言動と、その行間を読めないアメリカの人。

アメリカのストーリーテラーは、使用済みの核施設を破壊させ、そのご褒美に制裁を緩和しようとしている。

物語ることより、行間を大事にしようと思った。

2008年7月4日金曜日

産地はどうでもよい

食品の産地偽装が後を絶たない。今日は、中国産を四万十川産と偽って売っていた不逞な輩が摘発されていた。

食の安全度が問題視されている中国産ならば、安くてもそんなに売れないだろうし、利益は出ないのはわかる。だったら、いっそのこと輸入しなかったらいいのだ。商売から身を引け! それを輸入して国産とラベルを張替え、利益をふんだくっていたのだから、泥水のんで、うなぎの気持ちを牢屋で考えて欲しい。

色々と、食品の産地偽装やら、賞味期限書き換えやら、こういったニュースが続くというのは、庶民の味覚もなめられたものだ。

いっそのこと、産地表示なんかやめたらいいのだ。会社名だけを表示して、「~畜産株式会社」やら、「~食肉加工」といった表示だけを義務付けて、庶民が自分の信頼できる会社を自ら選び、ひいきにしたらいいと思う。

しょせん、中国産を四万十川産と認識して、「美味しい美味しい」と言っていた庶民だ。究極のところ、食品に望むものは、産地なんかではなく、それが安全で美味しくて値ごろ感があるかということだけだ。

これだけ加工技術、養殖技術、輸送技術が発達した今、産地にこだわらなくても、信頼できる会社が販売するものならば、美味しいに決まっている。

うさんくさい会社は、短時間で淘汰されるだろう。雪印事件があって以来、大手だからといって看板だけで商売できる時世ではない。主婦は美味しい商品と、信頼できる業者に対しては敏感だ。

鈍感な、産地だけで満足するような3流主婦が悪徳業者にだまされるのであって、1流主婦は、看板よりも実を見抜く力を持っている。四万十川産でなくても、美味しいうなぎを出す魚屋を知っているし、飛騨牛でなくても、美味しい肉のお値ごろな買い物をする力を持っていると思う。

各家庭には、こだわりの食品があると思う。「~食品の、このらっきょ食べたら、よそは無理」とか、「魚はやっぱり~(屋号)よね」といったものがあると思う。

各家庭が、信頼できる会社をひいきにし、そのずっと信じていた会社が、賞味期限張替えなどをして、それが発覚して裏切られた時に、ひいきの客として怒るのはわかる。

でも、今回のうなぎにしても、ちょい前の牛肉にしても、摘発されるまで社名も知らない会社であったろうと思う。「どこどこのスーパーで売っている肉」という扱いで、別に摘発された会社の商品を選んで買っていた人はかなり少ないと思う。

単に「~産」といったラベルだけで味覚を高めた気になっていた人が怒る案件ではない気がする。自分の買い物スタンス、目利きを反省する機会と捉えたほうが前向きだろう。

飛騨牛偽装のあの社長、社員に罪をなすりつけようとして逆襲に遭っていたが、あんな不逞な輩はどこにでもいるだろうし、良心的な商いだけでは綺麗な社屋が建つのは難しいという気がしている。

食品だけではない。医療でも使いまわしはどんどん出てくるし、信じられるものなんかないのが前提だ。商売である限り、利益が絡むと儲けのために仕掛けする奴が出るのは、悲しいが当然のようにも思う。それがいいとは思わないが、現実は現実だ。むしろ、こういうあくどい奴が経済を発達させてきた側面があるので、絶対悪とはいえ、経済にのっかった消費者も悪いのが本質だと思う。

そろそろ、そこは割り切ってみるべきだと思う。結局のところ、信じられるのは自分の目利きだけだ。目利きレベルを高めるための教材として、一連の偽装事件を捉えてみるほうがよい気がする。

他者を信じないのではない。信じるに値する人、会社を選ぶ努力をするのだ。裏切られたらその時に、自己のキャパも膨らむだろう。

土用の丑の日が近づいてきた。この日にうなぎを食べるなんていうのは、平賀源内だったかが、販売不振を相談してきた魚屋に提案したプランがもとだと聞いたことがある。その時には、単なる販促活動の一環で、産地を売りにしていたものではない。どこ産でもうなぎをみんなが食べてくれたら店は儲かったのだ。

実際、スタミナ源として、この時期に食べるうなぎは有益でもあり、定番となったのだから、源内は優れた経営コンサルタントでもあったのだろう。

話しがそれた。

我が家には、ひいきにしている魚屋がある。そこのうなぎを食べて以来、よそのうなぎは食べたくならない。そこのうなぎが美味しいのであって、産地は知らない。今年も食べる。

2008年7月3日木曜日

小鳥のスピーカー

毎朝、鳥の鳴き声が活発だ。「チュ~ンチュン」やら、「カッコ、カッコ」やら、昔からなじみ深い音色が聞こえる。これを布団の中で聞くのは至福の瞬間だ。

なじみ深い鳴き声であるにも関わらず、鳥の名前をしらないものもある。「ククルックク~、ククルックク~」と2回1セットで鳴く、あの鳥だ。人によって聞こえ方は様々だろうが、「ポポロッポポ~、ポポロッポポ~」でもいい、とにかく2回くり返す鳥がいる。

カラスの鳴き声は相変わらず品が悪い。人間のするゲップ音と同じ響きを感じて好きになれない。「クワッ、グワッ、ギャー」と鳴いていて、昔みたいに「カ~」とは鳴かなくなった。鳴いても濁って「ガー」だ。カラスも荒んできたのだろう。

今日、校舎周りを清掃中、雀が壁に激突してきた。明らかにラリッた感じで挙動不審な動きをしていたのが気になっていたのだが、電線から壁に一直線、気絶で済んだかと思っていたのだが、しばらしても動きがない。

1時間後、様子を見に行ってみると、息絶えていた。

かなり、びびりながら、ちりとりですくい上げ、草むらの中にポトンと落とした。
あっけない。

その近くで他の雀がごきげんに鳴く。心なしか鳴き声が大きいようにも思えた。

改めて思うが、小鳥の鳴く音量は、その体に比してむちゃくちゃでかい。
もし、小鳥が持っているのと同じスピーカーが人間に内蔵されていたら、至る所で人の声が聞こえ、世界はノイズまみれであったろう。

大声でどなれば、数十キロ離れた先にも声が届き、山に向かってどなったら、木霊もびっくり、悶絶して反響を失くすだろう。

「クオ~ラ!」、「ギャー」、「プエ~ン」色々なノイズが終始聞こえていたら、気が狂うだろう。小鳥と同じ割合のスピーカーを内蔵させなかった神様の設計は見事である。

ただ、たまにこのスピーカーを内蔵したいと思うときがある。せめて小鳥の10分の1でよいから、大きな音を響かせるスピーカーが体内に宿ったらな~と思うことがある。

ライブで、自分がつぶやくような声でもが、音としてハコにこだましたら、もっと低音の声を楽しめるだろうと思う。

マイクという存在は必要なくなり、音響機器による増幅がなされずに声が飛ぶ。理想の世界だ。

そんな馬鹿なことを考えて、清掃後の校舎周りで一服していたら、犬に吠えられた。

犬のスピーカー壊したい。

2008年7月2日水曜日

アンテナの感度

1つのライブが終わった後に浮かんでくるもの、これがあるかないかが大事だ。
幸いにして、今回もしっかり浮かんだ。

今日、車を運転中に頭に浮かんだ詞を携帯のテキストメモにて一筆書きした。「神様のくしゃみ」という仮題をつけた。頭にある音は、場末感たっぷりの唄もので、昭和歌謡の香りが入った感じだが、コードを拾う時にどうなることやら・・。

気分が乗っていたのか、1曲浮かんだのをメモして、再び車を走り出すとすぐに浮かぶメロがある。
メロの流れを口ずさんでいると口をついた言葉があり、それを再び一筆書き。「本当」という仮題だが、ソウルナンバーだ。コードをつける時に和風に仕立てるイメージが頭の中にある。

今、パソコンに清書(?)したが、いつものごとく、「俺って天才だ!」とごきげんな勘違いをする。俺にとっては大切な有頂天に至る過程だが、本当に良いと思う。

詞が生まれた直後の感動があり、それにコードをつけた時の充実感があり、出来あがった曲が実際にライブを出来る状態にまでなる過程・・・、何度味わってもたまらない。この喜びの回数を重ねることが俺にとっての生きがいといっても過言ではない。

talent・・・才能

世間一般で認知された、外見や、時流に乗る運をも含めた大衆性とタレント性を俺は持ち合わせていない。

ただ、感覚を言葉で掴み取ろうとするアンテナの数、そして張り巡らせたアンテナの感度は、なかなかに秀逸だと思う。親に感謝だ。

才能の恩恵は、自己への高い満足感にだけ繋がればいいと最近思っている。

手前味噌だが、自己評価のtalent が本格化し自己の高い満足に繋がったら、あとは、自分のたてたアンテナがキャッチしたものを、自家発電の発信基地にのせ、少しでも多く受信してくれる人を増やしたいと思う。この繰り返しがある限り、俺のtalent は枯渇しないような気がする。

10代からずっと張り巡らせてきたアンテナ、最近になって受信感度がよくなってきた気がする。

下半期、なかなかの滑り出しだ。

2008年7月1日火曜日

2008 下半期初日のご挨拶

先週土曜のライブが終わってからというもの、次のビジョンをずっと考えていた。
音的なビジョンは曲が着々と出来てきているので、流れに委ねればよい。

問題はお客さんを増やすためにどうするかだ。そんなこんなを考えていて、急遽、ライブイベントに参加することを決めた。

スタジオ主催で、公的機関を借り切ってのライブバトル。出演時間は20分、7バンド出演するが、間違いなく平均年齢は俺たちが高い。

従来なら見向きもしなかったイベントかもしれないが、実に貴重で楽しみにしている。

対バンや対バンのお客さんに媚びはうらないが、見てもらえる喜びを全身から発してライブをしたい。

7月13日(日) 15時スタート。
出番は未定(多分最後の方)   場所:高岡文化ホール小ホール

いくつになっても、初期衝動で戦うのだ。

今年の下半期のブログは、短文だが、後半戦もしっかり毎日ペースで書いていきたいと思う。見てもらえる喜びをこちらのブログでも表していきたい。