2008年11月30日日曜日

師走のいちびり、屁を垂れ、志忘れる

もう年末、師走突入か~・・・。30代になって毎年思うが、早い。ほんまに速くもあるんちゃうかな?と疑いたくなるくらい早い。

あまり1年を振り返ることは、年末になってもしないほうなのだけれど、今年は先月にあった緑内障手術がかなりでかい。

一昨年の正面衝突交通事故もそうだったが、病に臥すというような悲惨な出来事に限って記憶が鮮明である。その一方で、楽しい出来事は、おおらかな時間の流れに昼寝しているようなまろやかさだ。悲惨な出来事が鋭角な記憶なら、楽しい出来事は丸みを帯びたもののような気がする。

丸いものと尖ったものだと、やはり尖ったもののほうが記憶を強烈に貫通するようだ。風船が鋭利なもので刺されて弾けるように、頭脳の記憶貯蔵室に鋭利な記憶が入ると、幸せな思い出は弾かれて、隅にやったり追い出されたりしてしまうのかもしれない。

一見、悲しいことのようだが、頭の中にいつも球体の丸い記憶ばかりだと、それはそれでレレレのおじさんみたいなご機嫌さが日々を支配してしまい、大麻でいっちゃった人のような心理状態になるのかもしれない。悲劇をしっかり刻みながら日々を処すように人間は作られているのかもしれない。そしてそれこそが、人間を高等動物とする所以なのかなとも思う。

ところが、この「悲劇をしっかり刻みながら日々を処す」という志を俺はすぐに忘れる。悲劇がさったら、レレレなのだ。

目の回復具合であるが、すこぶる良い!と言いたいのだが、ここ数日良くない。すごく慌てている。

手術後の炎症止めの目薬を1日2回点しているのだが、この前の検診時に経過がよかったので、ステロイドが入った点眼薬を点さなくなったからかもしれないが、一日中目が痒い。

「リンデロン」というステロイド含有の薬を点していたときは、出血があっても痒みはなかったのだが、断った途端に痒みが出る。

俺はアトピー体質なので、ステロイドに関しては皮膚科処方の軟膏でも馴染みがある。ほんと痒みに効く。結局目もステロイド頼みの我が体質が悲しくなる。

ステロイド(副腎皮質ホルモン)が人並みに備わっていないから、目の回復も遅いのだと思う。

だからといって、ステロイド入りの点眼薬、軟膏なんかをずっと使用していれば、自然に分泌する機能も低下してしまうそうだ。それが怖くて長期服用も避けたい。皮膚科の軟膏に関しては、ステロイドの副作用に一時苦しんだことがある。それもあって、医者が処方してもステロイドを忌諱したくなる。

使うと効果がすごいだけに、使いたくなる。長期的な弊害よりも、目先の楽を願って使いたくなるステロイドは、立派な麻薬だと思う。禁断症状は現れないが、痒みをすぐに止めたいという欲求に勝てない時にはすごい誘惑となる。

今日、あまりの痒さ、充血に恐れをなして、ついつい残っていたリンデロン点眼薬を点してみた。

すると効果抜群!ここ数日にはない目の痒み、違和感なくして一日を過ごせた。するとさっきまでの滅入った気持ちはどこへやら・・・。すぐにレレレ。

今度の金曜日が検診日なので、痒みがひどくなった時の点眼処置をしっかり聞いてきたいと思うのだが、何ともこまった体質だ。そして何とも困った「志忘れ」だ。

俺の頭は悲しみをたくさん覚えていて、それに対する免疫もたくさんある。そして同じような悲しみが襲ってきた時に対抗すべく、抗体としてのアドレナリンめいたものはたくさん備えていると思う。

ところが、体のほうは、ちょっとしたアレルゲンの侵入をすぐに許し、それに対してすぐに白旗を上げて窮状を発疹や痒みになって表面化させる。

気持ちは戦闘モード、体は降伏モード! こういった心と体をもつ人間が、一般的にいう「いちびり」なんだと最近思う。自己体験による解釈だが、よく出来た定義だと思う。

「かかってこんかい! あん? やんのか?やんのか? あん?」 頭は言う。

「やめときなはれ! あんさんにはついていけまへん。わてらへばってまんのや。」 体は言う。

これら両者の言い分をしっかり客観視して、成敗してくれる裁き人が俺には内臓されていないような気がする。

おまけに俺の頭は、初体験には弱い。初めて体験した目の手術に際しては、体だけでなく頭も白旗ムード一色だった。それに、滅入った時期を抜けると、滅入った時期の痛みをすぐに忘れる。レレレムードにすぐ変わる。このムードを「屁垂れ」と定義する。

「屁垂れ」なんて言葉は、「いちびり」の付属品だと思う。「いちびり」が初体験に際して「いちびれない」心持を「屁垂れ」と言う。

「小便垂れ」と同様、しょせんアダルト・チルドレンに冠される言葉だと思う。そして俺はアダルト・チルドレンのヘッドだ。

師走を迎え、来年はどうしたいとか、どうなりたいなんて殊勝な抱負を考えることもしない。いまさら性分は劇的に変化はしない。

ともかく、もうちょいで、坊主が走り回る師走突入である。俺ばブッディストではないが、なんとなく「師走」の心は「いちびり」と「屁垂れ」を内包しているような気がして、この時節が好きである。思いっきり色んなことに走り回りたい。

そして日々、屁を垂れながらも、いちびりながらも、楽しく丸い記憶をいっぱい貯蔵していきたいだけである。そして、「師走」が「志忘」にならないようにだけは、少し気にかけているだけだ。

2008年11月29日土曜日

株式市場は嫌い

俺は経済学というものがわからない。それに信じない。著名な学者でも後付の理論ばっかりである。経済というのは、1度動き出すと人間の制御、理論を越えて動き出す化け物だ。経済学部の方には悪いが、研究者によって、現経済に対して色んな処方箋が出されるが、決め手のない現在のがん治療のような領域だと思う。学べば学ぶほど、人間の限界を経済世界に対して露呈するだけであると思う。人間の限界、それならば文学部で学べばよい。

生命保険会社が、含み損で軒並み決算に苦戦している。株式市場の低迷を受けて、目が飛び出すくらいの額が損失となっているみたいだ。それに伴い、生保会社の株式も軒並み下がっている。

本当に無知な子供のような疑問なのだが、株式市場への運用資金で、利益がいっぱい上がったり下がったりするが、その会計基準というのは、本当にその会社の力量を表しているのだろうか?

株式運用で利益が上がり、何千億をプラス計上したとする。でも、そのお金は株式市場の数字だけの世界であり、実際に何千億の現金が、札束としてその決算企業に入ったわけではない。いや、現金化しようと思えば出来るので、一時的に入っているのだが、実際に現金の移動はほとんどない。コンピューター内の帳簿の世界での利益だ。幻の利益だ。

そんなのが、本当に儲かっているといえるのだろうか? 逆も同様だ。含み損で何千億と簡単に言うが、それも実際に現金が減っているわけではない。銀行などで、もし取り付けが起こった場合には、それだけの現金を用意しないといけないが、たかがコンピューター内の帳簿だけで、財務状況が左右されるほど、企業とは危ういものなのだろうか?

生命保険会社を例に取る。1人から毎月1万円ずつ集め、顧客が100万人になったとする。するとその会社の1月の収入は100億円だ。そして、死亡して3000万円の生命保険を受け取る人が月に100人いたとする。すると支払い金額は30億だ。

残りの70億が粗利であり、そこから会社は人件費や諸々の支出をするわけだ。そして残る現金が3億円だとしたら、それがその会社の実体の儲け、現金残高なのだ。この数字だけを信じて、この数字だけで決算をしていたら、こうも頻繁に景気の変動があるのだろうか?と思う。

株式市場というものがなかったら、身の丈に応じた現金の使い方しかないわけで、バブルもなければ、世の中の景気という問題はほとんど発生しなかったような気がする。

その分、今の日本のような俗に言う経済発展はなかったかもしれない。資産価値という概念も変わるであろうし、含み益頼りの過剰融資も行われない。銀行は節度ある庶民の金庫、適切な潤滑油となり、分不相応な過剰な設備投資もない。虚構の富がない分、現代人には原始的に思える社会なのかもしれないが、それはそれで幸せな気がする。

経済をしっかり学んだ人、会計知識のある人からしたら、何をくだらない見当違いのことを言っているのだ!と思うかもしれないが、子供が小遣い範囲で金欠、金満気分を味わうレベルのことを、分母を大きくしただけのものが、世界の経済であって、その上で今のような民主的な母体があれば十分幸せだと思うのだが・・・。

資産運用という発想自体が、非常に人間的でない気がする。個人の財産は、労働による蓄財と、消費による散財の加減だけで形成されるものだと思う。全否定はしないが、バブル前の銀行レベルで、利子がちょろっと鼻くそぐらいあるくらいでいいと思う。コンピューター上で資産が推移する流れというのは、色んな価値観があるが、健全な気はしない。

富の集中はあってもよい。社会主義になれと言っているのではない。ただ、そこに現実感ある貨幣経済だけがあればよいなと思う。

打消しの接頭語

「不」、「非」、「未」、「無」など、打消しの接頭語の使い分けに関して、俺自身の理解はいまいちである。個人的慣習的になんとなく使いわけているし、それなりに定義も出来るのだが、曖昧であり例外だらけである。

「不」に関しては、「不良」、「不完全」、「不定期」などのように単純に、notとして後に来る用言(見た目は体言であっても)の意味合いを打ち消して、反対にするものだと理解している。部分否定であり全否定ではない。

「非」に関しては、「非行」、「非常識」、「非科学」、「非現実」など、これもnotとして後に来る名詞を否定しているものだと理解している。ただ、これは全否定のような気がする。

「未」は、「まだ~ない」であり、「無」は「~が無い」という意味合いを必要とする時に使うと理解している。

ただ、元来の漢語を、日本語の今の使い方に当てはめてみて区分しても、使い分けが完璧に区分されているとも思えない。

例えば、①「未使用」とは言うけれど、②「非使用」とは言わない。だが、実生活では。①「まだ使用していない」こともあれば、②「全く使うことがない」という事物もある。

そんな場合に、全否定で「非使用」とは少なくともフォーマルには言わない。単語だけでの表現がなされず、文節を伴って多くの場合、文章で表現される。「全く使うことがない」という具合に。

① も②も今後使うかどうかは主観的で観測的なところもあるので、事物の処置も決して定
義として安定しているわけではないのだが、打消し接頭語を伴う単語としては、使い分けはなされていない。

ちょっと興味を持ったので、この辺の定義がなされている辞典を、今後辿って調べてみようかとは思うのだが、何となく使っている打消し接頭語は奥深い気がする。中国語をしっかり学んだら理解できるのだろうか? 中国語の置き字が、日本人が書き下したり解釈したりする漢文では無視するけれども、中国語的には意味があるように、打消し接頭語にもしっかりとした字義があるのだろうと思う。調べてみたいと思う。

打消し接頭語が気になったのは、お菓子のパッケージを眺めていたことに起因する。

先月の緑内障の入院時に、たまたま久しぶりに食べた「じゃがりこ」のパッケージに気になる表記があったのだ。

「原材料名 じゃがいも(遺伝子組み換えでない)」という表記だ。

普通、「原材料名」という項目には、にんじん、食塩、調味料(アミノ酸等)、酸化防止剤(V,C、V、E)など、単語が並ぶ。

そこにあった、「(遺伝子組み換えでない)」という言葉の、パッケージ内での座りが非常に気持ち悪く感じた。単語列挙の中に、ぽつんといる、文章ともいえない中途半端な(   )内の単語の羅列・・・。

「遺伝子組み換えでない」というのを、気持ちよく単語で表現できないものか? ふとそう考えた。

「遺伝子組み換え」という言葉自体が、造語的で実に座りの悪い言葉なのだが、これを一つの単語としてみなした場合、どんな打消し接頭語で否定するべきだろうか? そう考えたのだ。

「不遺伝子組み換え」では、部分否定であり、ちょっとは組み替えしていそうだ。

「非遺伝子組み換え」では、正しいような気がするが、「非遺伝子」と「組み換え」で区切ってしまったら、「遺伝子でないものを組みかえる」という意味になってしまう。

「未」と「無」を冠したところで意味的に変である。何とか一字で的確に否定したいのだが、どうもうまくいかない。苦肉の策がカルビー「じゃがりこ」のこの表記なのだろうが、決してセンスがいいとは思えないパッケージだ。だからといって、代案がないのが悔しいのだが・・・。

本旨とは違うが、「じゃがりこ」パッケージには、日本語的にではなく、メッセージとして変なものもあった。

「電子レンジ不可」というものだ。   誰が「じゃがりこ」温めるねん! 

「じゃがりこ」という商品名は、語感としてはすごくセンスがあると思う。ファンである
だからこそ、余計にパッケージの表記が気になった。 

2008年11月28日金曜日

テクニックへの目覚め

音楽に目覚めて30年、曲を作り出して25年、バンドというものを初めて23年、それなりにやってはきたのだが、「上手くなりたい」という欲求は、本当にはなかったような気がする。

初めて友人からフライングVのエレキギターを借りて弾いた時、とりあえず弾きたいと思った曲は練習した。キッス、オジー、ラット、ツェッペリン、レインボウ、イングウェイ、イーグルス、ラウドネス、アースシェイカー・・・、その当時聴いていた曲と、「ヤングギター」にTAB譜が載ったものとをつまみ食いしては、それなりに弾けた気にもなっていた。コードも知らないのに早弾きから入ったギターキッズの悲劇だが、その後にコード弾きをした時に、簡単だと勘違いした。

コピーはすぐに飽きて、自分で曲を作るようになると、自分がその時に弾けるコードから量産し出した。

歌を歌うようになったのが、20歳の時。バッド・カンパニー、フリーなんかをコピーしたのだが、人の曲が優れていれば優れているほど、「これが自分の中から生まれた自分の曲ならな~」と悔しくなるジレンマを感じ、名曲はリスナーとして満足するようになった。

そして今のようなバンドを組み、作詞、作曲するというスタンスになってきた。

曲を作って持っていくと、己のテクニック面はバンドが補ってくれる。そう勘違いしていた。確かに俺以外のメンバーの技量は上手いのだが、そこに混じっている俺自身が必要なテクニックが何であるかも、自分の楽曲を披露する喜びで麻痺していたように思う。

「上手くなりたい」という願望を勘違いしていたのかもしれない。「へたうま」と言われる方々のかっこいい演奏を聴いているうちに、自分にはその領域はないのに、そうだと勘違いして、テクニックを磨くことに貪欲なところが欠如していたように思う。

最近になってようやく、自分が作った曲が、もっとよくなり、広がる可能性があるにも関わらず、己のテクの領域に支配される悲しさをすごく痛感しだすようになった。

ギターに関しては、やっと自分の出せる音を認識できるようになってきたレベルだが、優れたギター人に恵まれ、俺のリズムギターはそれなりに味も出てくるようになったと思っている。弾き語りで演奏する分には、まだまだだが、今は歌のサプリメントとなる土台としてのギターはだいぶ弾けるようになってきたと思う。問題は歌だ。やっと歌い手としての当たり前のことに悩み出している。

最近やっと俺は音程がファジーであることに気づいた。たどりつきたい音があるのに、そしてそこにたどり着いていないのに、何だかたどりついたような気になっていた。耳が悪いのだ。正確にいえば、自分たちの曲を全体像として聴いていて、肝心の歌に注意して聴いていなかった気がする。

ピッチ悪い悪い。息継ぎ悪い悪い、かつぜつ悪い悪い・・・。耳が良くなったとも思えないので、聴く技量が上がっただけなのだろうが、最近は自分の歌の細部にすごく耳がいく。

ハイ・ソウルで声量はあると思う。今ほどPAも発達していなかった時には、ヴォーカルは、とにかく声量があってなんぼ!と思って、大きな声を出すことしか念頭になかった。元来の美声と歌う才能を持たない俺は、ラウドネスには自信があった。それにものを言わして、低レベルで満足していた。通る声と、声量レベルとを混同し、いかがわしい枯れ声を武器と思っていた。

若い時分は、森を見ずして木を見るもののようにテクニックの向上を捉えていた。だから、テクニック練習というものを、軽く見ていた。さらに細部に目がいくことを忌諱していた。

確かにそういった面もあるだろうし、その勘違いを否定はしない。勘違いしたおかげで作り出せてきた音楽観、ロッキンな道筋、そして楽曲もあったと思う。

だが、今ならいくら木を見てもその奥にある森を見失うことはないような気がする。むしろ森を彩らせるための筋の通った木のあり方を模索できると思う。技術向上に対する遅い目覚めとはいえ、今から意識して技量向上させることは、すごく意味がある気がする。

今の生活環境において、意識レベルで出来るレッスン、物理的レッスン、両者ともに続けていきたいと思う。

俺はテクニックでリスナーを圧倒させたいのではない。上手く聴かせたいからテクニックを身につけるのではなく、俺たちの音楽を聴く人たちが俺のテクニックに耳がいかないようにテクニックを身につけたいのだと思う。

この逆説は、ローテク・ハイソウルだけを標榜して突っ走った日々があったからこそのものであり、テクニックの正しい解釈だと思う。イッツ・ロック!

2008年11月26日水曜日

景観の画一化と高さへの挑戦

今日、嫁を迎えに行った時に駅前の建設現場を通った。銀行跡地とはいえ決して広くはないスペースにホテルを建設中で、早くも高い囲い枠が張られていた。

新聞紙上で既に知っていたのだが、「ほんまに建てるんや?」と少々驚いた。人口たかだか20万人弱の地方都市であり、既に駅前には大手のテナント付きホテルが2件、ビジネスホテルが思いつくだけでも8件ある。また、駅から1キロちょっとのところにアパホテルもある。

数々の成功例に裏付けられた商圏調査がしっかりなされた上での新ホテル建設の着工だとは思うのだが、実感としてはそれほど需要があるように思えない。今日も駅前は人がまばらであり、典型的な賑わいを無くした地方都市の駅前の光景であった。

銅器、アルミの地場産業があるので、出張でのビジネス客はそれなりにいるのだと思うが、α1のようなビジネスホテルとして限定したホテルならいざしらず、シティーホテルが建つのは理解が出来ない。客室の稼働率が何割で利益が出るのか知らないが、損益分岐の数字を維持できるとは思えず、赤字経営で破綻したら、駅前に高いビルの廃墟が出来る。それを心配している。

県庁所在地の都市はもちろんのこと、ちょっとした市の駅前には、全国的に高いビルが建っている。電車に乗っていて、少し有名な都市に近づくと、高いビルが立ち並ぶ光景に車窓が変化するのがわかる。

おまけに全国規模の看板がネオンを形成し、その都市を他の都市と区別するだけの特異性がなくなっている。

きらびやかな高層ビルがある横で、廃墟寸前のような雑居ビルがある。サラ金の看板があり、英会話学校の看板があり、全国チェーンの居酒屋、飲食店の暖簾、看板が見える。全くもって日本全国の地方都市は画一化されてしまったと思う。

全国にたくさんいる市長の中で、1人くらい高層ビルを作るのではなく、せいぜい5階建ての団地レベルの高さで、規制を設け、高層ビルのない町並みを誇りに、人工的虚飾をせずに、地場産で町おこしをしようという人はいないのだろうか?

地方都市の駅前に、昔の宿場町のような粋な宿が軒を連ねる。地方の名産を取り入れた特色ある飲食店が町を彩る。そんな町が増えたなら、列車での旅はもっと楽しくなるだろうと思う。風土が生んだ景観によって作られた光景の際が見て取れると思う。

面積が少ないところに人が溢れたから、仕方無しに上に体積化してスペースを生み出した都会は仕方ないと思うが、日本全国こぞって高いビルを作ること、モダンなビルを作ることに躍起になる精神が、実に安っぽいような気がする。

人間は高さを競う習性があるのだろうか、横の市が100メートルのビルを作ったら、俺ところは120メートルのものを建てよう! といった具合に高さ競争をする傾向があると思う。

ジェットコースター、観覧車なんかの売り文句もそうだ。「日本一の落差、高さ」、そしてそれはすぐに更新されるのだが・・・。

少し前のニュースで、ドバイで強烈に高い(キロ級??)ビル建設計画があると聞いた。いくら桁違いの成金地区とはいえ、正気の沙汰とは思えない。

「バベルの塔」の話を小学生の時に興味深く、何度も読んだ。バベルの塔の高さは神への挑戦を意味していて、それに対して神様は、作業員の言葉を乱した。意思疎通を不可能にし、それがバベルの塔の崩壊に繋がったという。そしてその時から今のような多言語世界が出来たという話だ。

この話を小学生の時に知って以来、高層建設が目立つ都市開発を潜在的に忌諱するようになってきている気がする。高さが怖い。俺が高所恐怖症なのもこれが原因かもしれない。ジャングルジム級の高さでも、神の裁きを受けそうな気がする。ちがうか?

全国が画一化されていくこと、そういえば方言も昔ほど地方を映さなくなった。全国ネットで標準語と強い関西弁が垂れ流され、豊かな地場の方言もイントネーション、言葉に輝きを失いつつあると思う。

いっそのこと、神様の逆鱗にもう1度触れたほうがよいのかもしれない。そうすれば、地方が地方の言葉を取り戻し、地方の景観を適切に時代調和させるだけの心が戻ると思う。

たかが、新規ホテルの建設現場を見たくらいで、何を大げさな!と思うかもしれない。だが、景観の画一化、そしてその原因である高さへの挑戦がずっと気がかりだ。

和歌を否定してみる

仕事で暇な時に、「百人一首」、「万葉集」などの和歌をじっくりと読んでは鑑賞体制に入るのだが、どうも面白くない。良さがわからない。自然の情景が現代とは違い過ぎて、想像力を喚起するのに一苦労である。否定すると己のしょぼさを認めるようで嫌なのだが、わからない。

「百人一首」編纂者、藤原定家のおっさんの鑑賞眼も大したことないなと思いながら読んでいる。高尚で言葉選びも秀逸なのであろうが、自然環境、生活環境も今とは違いすぎて、素直に奥ゆかしさを鑑賞すべきなのだができない。どうも秀歌に思えない。

和歌を鑑賞できる人をすごいと思ってきた。自分もそうなりたいと思っていた。何だか高尚な感じがするし、和語に対する造詣と鑑識眼がある人に憧れていたところがある。だが、わからないものはわからない。

低俗な視点からいちゃもんをつけてみる。

「田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ   山部赤人」

富士山の雄大さに対する感動を詠んだものであろうが、こんな歌なら誰でも詠める。

山部赤人君が北陸に訪れたならば、

「灘浦にうち出でて見れば白妙の立山峰に雪は降りつつ  山部赤人@越中」

と詠んだであろう。たいしたことない駄歌である。

雄大な山と雪景色の組み合わせを最初に詠んだから価値があるだけで、別に着眼点が面白いわけでも、深い味わい、余韻をもたらすものでもない。

山部赤人君が、現代に舞い降りたならばきっとこう詠む。
「六本木 迷い込んだら 上見上げ ヒルの高嶺に 雪は降りつつ  山部赤人@上京」

冬に田舎から上京して、初めてポンギを訪れたおのぼりさんのアンニュイな心境をよく表した歌である。こちらの方が秀歌だと思うのだが・・・。

この山部赤人というおっさんの歌は万葉集にも載せられている。

「春の野にすみれ摘みにと来し我そ野をなつかしみ一夜寝にける」

【歌意】春の野にすみれをつみに来た私は、すみれの咲いた野原があまりに心地よいので思わず一晩をそこで過ごしてしまったことよ。

これは赤人君の作り話やと思う。春とはいえ、オーナイロングは風邪ひくやろ! いくら綺麗なすみれであっても、夜通しそれに見とれて、その空間にいたいと思えるほどの、すみれフェチがこの世にいるとは思えない。古の時代であっても然りだ。赤人の嘘つき!

他の歌人に目を向けてみる。

「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に 小野小町」
【歌意】桜の花のような私の容姿もすっかり衰えてしまったことよ。むなしく長雨を眺めて物思いにふけっていた間に」

こら!小町! 何勘違いしとんねん! 桜にわが身を例えるな! その神経が「いたづら」じゃ。それに容姿が衰えるまでの長雨やったら、洪水なるっちゅうんねん! 

未練たらしい逢瀬の歌も気に食わない。

「やすらはで寝なましものをさ夜更けて傾くまでの月を見しかな 赤染衛門」
【歌意】来る気がなければさっさと寝てしまったのに、あなたの言葉を信じて西に月が傾く夜更けまで待ちましたことよ

「いま来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ちいでつるかな 素性法師」
【歌意】すぐ来ますとあなたが言ったばかりに毎晩待ち焦がれていると、九月の長い夜に明け方の月の出まで待ちましたよ」

両者共に、「ほんまかい!」と思いながら、いじいじした女心をおっさんが詠んでどうすんねん!と、きもおやじに対して侮蔑の言葉を用意していたら、赤染衛門は女性やったみたいだ。まぎらわしいっちゅうねん! そして、素性法師は百人一首の絵を見る限りおっさんだが、素性不明だ。まぎらわしいっちゅうねん!

この2首は完全に歌世界がかぶっている。小室氏の歌詞世界みたいだ。こんな同じ匂いの歌を一歌集に編纂するのはどうかと思う。赤く染めた奴と、素性不明の奴、どちらも歌人としてはしょぼい。

正直に申して、ジャポンの伝統ある和歌というものに対して、それを味わうだけの根本的な素養が俺には欠如しているように思う。音楽を作る上で、歌詞の言葉を紡ぐことに1番精力を傾けている身として、この和歌なるものの言葉と、そこに宿る何かを嗅ぎつけようと、それなりに努力しているのだが、どうも面白くない。

和歌の素晴らしさに魅せられ、これにどっぷり浸かれる人の境地とやいかに? 和歌の良さを理解できる人間に憧れていた時期もあったのだが、今は自信を持って言える。

「わからない。」 否定したくて否定できなかった和歌をとりあえず否定してみる。

2008年11月25日火曜日

ザリガニ

今日、生徒との何気ない会話の中でなのだが、面白いことを聞いた。

「あのですね~、うちの裏に下水みたいな汚い水が流れる用水があるのですが、そこにザリガニがいっぱい繁殖して、5キロくらい離れたところからでも小学生がザリガニ取りに毎日やってきて、すごく迷惑なんです。」とのことだった。

俺は興奮した。ザリガニ取りに関しては俺も小学時代にかなり夢中になったことがある。富山のうちの近くにザリガニがうじょうじょいる場所も知っているし、捕まえはしないが、奴らがはびこっている現場を、わざわざ車を停めて定期的に観察するくらい、今でも好きだ。

ザリガニというやつは、綺麗な水では見かけたことがない。かなり濁って、油膜も浮いているような不潔な場所にいることが多い。あくまで体験上の話であって、何でそんなところにばかり住んでいるのかを、わざわざ調べるといった方面の興味はない。ただ、いっぱいいる現場を見るのが楽しい。

今でもザリガニに夢中になる子供がいることに嬉しくなった。

屁垂れの俺は、ザリガニが怖い。奴らを素手で掴むのは、罰ゲーム並みの屈辱と勇気がいることだ。だが見たいし、釣りたいという矛盾した欲求がずっとある。

俺が幼少時によく釣りに行ったところは、日当たりゼロの水溜り以上、沼未満みたいなところであり、恐ろしく不気味なところだった。近くには戦前、結核病棟として有名だった病院があり、車が通れない細い道沿いにあった。

そこにザリガニがいたことを見つけたのは偶然だった。たまたまその道を通りかかったら、何でかしらないが、水中からあぶれたザリガニが道を横断しているのが見えたのだ。そして水溜りのほうを見ると・・・、「うそ~~ん」というくらい、数メートル先の水面に奴等の影が見えたことが始まりだった。

それからは連日、タコ糸と竹輪を持って釣りに出かけた。見えているのだから網ですくっても取れたのであるが、竹輪で釣るのが楽しくてたまらなかった。

俺は怖いので、釣れたザリガニは友人に離してもらっていたのだが、その友人はワイルドだった。

餌の竹輪がなくなると、ザリガニの尻尾部分を両手で引きちぎり出した。すると、海老みたいなプリプリの剥き身が飛びだすのだが、それを彼は餌にして次なるザリガニを釣るのだ。それがまたよく釣れた。ザリガニは共食いを習性とするみたいだ。

釣ったザリガニをどうしたのかは覚えていないのだが、家に持ち帰っていないことだけは確かだ。でも毎日大量に釣っていた記憶がある。

アメリカザリガニは食べられないことはないようだ。伊勢えびを小さくしたようなものだから、食べられる上に、決してまずくないことは想像に難くない。

『冒険手帳』谷口尚規著(光文社知恵の森文庫)によれば、「海でとれるエビと同様、焼いても煮てもよい。泥を吐かせてから料理するのがコツ」だそうだ。

伊勢えびを高級料理と認識しながら、アメリカザリガニを食したいと思わない感覚というのは不思議なものだが、その原因は、結局彼らの住処にあるのかもしれない。

海にいるものには、潜在的に食用のイメージが喚起され、湖沼にいるものにはそのイメージが喚起されにくい生活体験を俺はしてきたのかもしれない。海が身近になかった環境で育った俺は、身近で見るものを食す動機にはなれなかったのだろう。

まして、アメリカザリガニの住んでいる所といえば、汚水も汚水・・、反吐が出そうな濁り水にいる奴らを体験的に知っているから、食欲をそそらないのだろう。

食欲はそそらないが、見たくなる。この心理がなんなのかはわからないのだが、明日出勤前に、冒頭の生徒が教えてくれたスポットを見に行こうと思う。

今日、京阪電車にワームをばら撒いた、壊れた奴が捕まっていたが、いったいどんな奴なのか、壊れ方がえぐいだけに興味をそそられる。見てみたいと思う欲求もある。ちょうどザリガニを見たいと思う欲求と似ている気がする。

2008年11月23日日曜日

高画質に噛み付く

俺の家では俺以外は、非常に金が貯まる性質だ。別に吝嗇で生活を特に切り詰めたりしているわけでもないのだが、金が減らない人たちである。

義父を連れて遊びに行った時、「俺は半年前に3万円を財布に入れて以来、今でも1000円しか減っていない。ガソリン代出したろ。」と言われたことがある。何でも、たまにポカリスエットを買った記憶があるぐらいだという。

義母、嫁にしてもそうだ。特に切り詰めた感じはないのだが、自然と毎月の給与が黒字計上されていく。おかげで俺も恩恵にあずかっているのだが、不思議で仕方がない。俺よりも物を買ったりしていて、豊かな暮らし向きのような気がするのだが、金の使い方は不思議である。

こんな我が家で、俺にはとうてい理解できない金銭感覚が披露される時がある。テレビに対する金のかけかただ。

我が家にはテレビが4台ある。台所、居間、両親の寝室、2階の部屋にそれぞれ1台ずつだ。

俺はテレビをあまり見ないので、テレビを買い換えても言われなければ気づかないくらいなのだが、居間にあるテレビは、超薄型でやたらと画面が大きい。以前、嫁から教えてもらったのだが、50万円くらいしたらしい。それもいきなり電気屋に行って、即キャッシュで決めたらしい。

2階のテレビも薄型であり、嫁は値段を言わないが、それなりに高いみたいだ。

50万円・・・・・、俺にしてはもったいなすぎる使い方であり、50万円あれば、ギターと真空管アンプを買うことしか頭にない。それをたかだが、テレビなんかに・・・・と思ってあきれたことがある。だが、彼らのほうが、金が貯まるので文句も言えない。

ちなみに、俺の乗っている車は、諸々込みで、乗り出し34万円だ。テレビに負けているのが悔しくてならない。

色んな価値観があるのだろうが、うちの義父母、嫁みたいな人が多いのだろう。いつもテレビの最新型がコマーシャルされていても、まったく興味もいかないが、コマーシャルするだけの見返りが家電メーカーにあるのだと思う。一生理解できないとは思うが・・・。

地デジなる言葉がよく聞かれるようになった。未だによく意味がわからないのだが、昔のテレビは使えなくなるか、チューナーを用意しないといけなくなるような話である。

陰謀だよこれは・・・。利権だよこれは・・・・。 今まで見えていたものを、どういう理由かしらんけど、何で??という以外の理由が見当たらない。そら、大義名分は山ほどあるのだろうが、今でも十分綺麗に写っているのに、さらに高画質を求める人間の心理に便乗した金のなる木の育成だ。

そして、さらに気持ち悪いのが、ブルーレイとかいうやつだ。DVD映像よりもさらに綺麗になるらしい。

レンタルビデオがレンタルDVDになって、それはそれはもう、十分な境地であったにも関わらず、さらにまたわけのわからない機器を用意するという。円地文子さんの「めがねの悲しみ」ではないが、何もかもくっきり見えなくても良い部分が多いであろうに、そんなに高画質を求めてどうするの?と、金の貯まらない俺はひがみたくもなる。

カセットウォークマンが出て、俺が手に入れた頃にはCDウォークマンが出た。そしてまた俺が手に入れる頃には、MDウォークマンが出た。そしてまたまた手に入れた頃にはアイポッドなるものが出た。

映像機器も同じだ。俺がベータのビデオデッキを手に入れた頃には、ベータはVHSと比して落日だった。レーザーディスクが出て、すご~いと思っていたらDVDが出た。やっとDVDの環境になれたころに、ブルーレイなんていうものが出てきた。

次々にすばらしきものが出るのは構わない。だが、昭和末期から平成以降、ちと、その速度が速すぎないか??と思う。新製品が開発される速度があがる一方で、製品の耐用年数は短くなっている。昭和中期までの電気製品は、それはそれは頑丈で、長持ちするが、それ以降の商品はすぐに壊れる。これを陰謀と言わずして何と言う?

不満は垂れているが、俺みたいな人間にとっては、旧式のラジカセなんかの機器が安く手に入るので決して悪いことばかりではないのだが、地デジに始まり、ブルーレイにいたる高画質思考は、ちょっと性急ではないかと疑問を持たずにはおれない。そんなにリアルに高画質で人の顔見たり、景色見たりしてどうなるの?と・・・。自分の眼で実際に見た時の感動を、茶の間の高画質慣れで減少させるだけのように思うのだが・・・。

真空管のギターアンプを買おうかと検討している。そんな俺にとって必要な金額は、我が家のテレビにかけた費用総額の8分の1ぐらいである。そうなると、恨みはテレビに行く。

あの、薄くて横に広くて、使いこなせないリモコンボタンがいっぱいあるテレビよりも、真空管という原始的な温もりを欲する時代にはならないものか?比較対象機器が違うのでフェアではないが、何ともいえない不満に包まれている。

ブルーレイが映し出す映像は、肉眼で見ている映像並みにすばらしき映像を映し出すのかもしれない。だが、それを見ている時間に比例して、肉眼の映像能力は劣化する。もともと最上級の高画質を持った肉眼を、人工的な高画質が劣化させていく構造は、恐ろしくもある。そして、肉眼で自然の光景を愛でる能力も、箱庭映像になれた人からは奪われていく。 高画質と引き換えに、人の目は温もりを失っていっているような気がする。

2008年11月22日土曜日

大掃除の決意

今日は、「いい夫婦の日」だそうだ。わかりやすい語呂合わせだ。
結婚して12年、付き合い期間を含めると人生の約半分近くを嫁と過ごしていることになる。血は繋がっていないけれど、完全なる肉親だ。

結婚前の俺は、料理は全くせず、洗濯は、洗いはするけど、干したりたたんだりはせず、地べたに放っておいて、自然乾燥を待っていた。湿気った畳に黴が生えたこともある。

だが、部屋の整理はしっかりしていた。好きなレコードジャケットを壁にかけ、CD、書籍はしっかり整理し、埃も1週間に2度は金鳥サッサで拭き拭きした。テレビも空調もない部屋だったが、実に快適な空間であった。

自慢じゃないが、俺は職場においても、整理能力の高い男であり、机は誰より物が少なく整理されている。事務処理においても神経質ではないが完璧な処置を施せていると思う。

だが、家庭内においてはどうか?? 結婚してからは全く掃除をしなくなった。嫁がしてくれるからと任している間に、掃除機がどこにあるか、雑巾1枚取り出すのにも、どの引き出しに入っているかも、わからなくなった。2人でアパート暮らしをしている時は、休みの日に嫁が掃除している間は、俺は邪魔をしないように隣のパチンコ屋で博徒と化していた。

その後、嫁親と同居を始めて7年目になるが、同居してからは、ひたすら義母が共通の生活空間の掃除をするので、嫁は俺たちの空間である2部屋だけを、ワイルドに掃除するだけになった。義母が他の部屋を掃除している間、俺達は遊びにいったり、寝ていたり、すき放題している。

すっかり掃除する習慣を無くした俺は、とにかく物の整理が出来なくなった。CDはラックに整理もされず、どかんと重ね置きされ、聞きたいCDを出す時にかなり苦労する。

もっと乱雑なのが、書籍だ。押入れの中に未整理状態の3段ラックが3つ、2回の踊り場に乱雑な文庫本書棚と(写真)3段ラックがある。それに、読んだ本をアカサタナぐらいの分類で適当に放り込んでいく。あと、学習机にどかんと山積み、ベッドの頭に常時5冊ほど、車の中に10冊ほど、カバンに10冊ほど、職場にも個人書籍が多く置かれている。

さらに、ギター、エフェクター、シールド、弦など音楽関係のものも決まった置き場はなく、畳に転がっていたり、車の地べたに落ちていたりする。

郵便物なんかは、机の隅で未開封のものも混ざって置かれている。机の引き出しを開けると、数年前に集めていたベルマークと、ベルマークのついたチョコボールが、漬物みたいになって出てきた。賞味期限を過ぎたガムが、夏の高温で溶け出して引き出し底に張り付いていたり、飲みかけのウーロン茶のペットボトルが、ウイスキー「山崎」みたいな色になって入っていたりもする。

そのくせして、義母と嫁が俺の空間を整理しようとすると、俺は逆切れするので、彼女達も困り果てているようだ。そろそろ、怒りの鉄拳が振り落とされそうな気もする。

危険を感じたからだけではなく、その他にも色々思うこともあって、今年の年末は、久しぶりに大掃除をしようと思う。煤払いといった上級者の掃除ではなく、初級者の、身の回りのブツ整理だ。

要らないCDは、ヤフオクで100枚ほど売りさばいた。あとは一生聞き続けるであろうCDだけになっている。だから、CDラックはカテゴリー整理だけでよい。

書籍は毎年、文庫本を100冊ほど捨てているのだが、それでもたまる。これらはもう1度整理しようかと思うのだが、基本的に2度読みしたければまた購入すればよい。入手困難な絶版本以外は、処分しようと思う。ヤフオクに廉価な書籍を1つずつ出品するマメさは俺にはない。

ダンボール詰め、着払いでよければ、何箱になるかわからないが、差し上げたいと思うので、転売方法なんかにあてがある方は御一報いただきたい。もちろん、全部読んでいただければ1番良いのだが、それよりも処理、整理能力のある愛書家の処遇に委ねたい。
古本屋に来てもらってひきとってもらってもいいのだが、自分が読んだ本が、1冊10円くらいでソロバン勘定されるくらいなら、塵にするか、読みたい人の元で、必要書籍を除いて処分されるほうがいい。

不要なものをとにかく捨てる。物を減らす。そして市の焼却場に持って行く。要るものは分類分けして整理する。実に面倒で1番苦手な作業だが、年内にやってみようと思っている。

からっぽで、すきすきになった書棚の一角には、金魚鉢を置いて、どじょうなんかを飼いたい。その横に今後読んだ本をちょっとずつ、遠慮がちに置いていきたい。花をそっと置いてみるのも楽しいだろう。

からっぽの引き出し、すきすきの机には、音楽関係の機材、音響機材を整然と収納、配置し、至福の空間を作り出したい。

整理能力を身につけた俺、それに感心する嫁、俺達がよい夫婦であるかは客観的にはわからないが、自己満足でもあり続け、近い将来にパパとママになれたらいいと思う。

2008年11月21日金曜日

子供に携帯電話は必要か?

子供、特に小学生、中学生に携帯電話を持たせるかどうかの是非が、ことあるごとに盛んに議論されている。本当に難しい問題だ。

個人的な考えでは、現在の公衆電話環境を無視して言うならば、まず否定したい立場だ。子供が携帯電話を本当に必要とする場面はあくまで例外であり、どうしても必要な時には親のものを一時的に貸せばよい。

いくら保護機能があるとはいえ、携帯電話を持った子供が、携帯電話を使って何をするかといえば、通話以外のものに多く時間が費やされるのは明らかだ。あれば興味を示し、その世界に没頭してしまうのが、子供の性質だと思う。

たかが手のひらサイズの物体、小さな世界で時間を無駄に使うには、子供の時間は貴重すぎる。かけがえのない時間を浪費させないためにも、与えないほうがよいと思う。子供にとっての携帯電話は、しょせんおもちゃであり、それも建設的ではないおもちゃだと思う。

上記のような気持ちがあるが、現状を見るとどうだろう? 昔は、携帯電話を持たせなくても、どうしても連絡をとる必要があれば、町のいたるところに公衆電話があった。だが今は?

先日の入院に際して、俺自身が公衆電話を探すのにかなり苦労し、公衆電話の減少を実体験した。入院が決まり、身の回りのものを持ち込むために、一時帰宅する時のことだ。
入院が決まった旨を職場や、関係先に数件連絡する必要性があったのだが、あいにく携帯の電池がなくなっていた。

病院内ですればよかったのだが、俺は甘く考えていた。バス停まで歩く途中にでもあるだろうと軽く考えていた。しかし。歩けど歩けど見当たらない。入院で気持ちも滅入っていて、ゆっくり歩きながら考えたいこともあって、バス停を素通りし、病院から駅までの長い道のりを歩いた。

結局、最初に公衆電話を発見できたのは、市役所がある大通り沿いのバス停横だった。大人の足で20分くらい歩いた後のことだった。それも、たまたま市役所という公的機関があったからいいようなものの、なければもっと状況は違っていただろう。道路沿いの公衆電話を意識して観察したが、本当に減っている。

このような状況で、小学生が単独、もしくは子供だけで行動する時に、携帯電話なしで、「何かあったら電話しなさい」と親が言ったところで、環境自体が整っていないのに、それは意味をなさないだろう。

子供の携帯電話に関する議論は、今ほど携帯が普及しない段階、公衆電話がかくも撤去されない段階でするべきであったのかもしれない。現状では携帯無しでの外部からの連絡環境は悪すぎる。

まして、昔には少なかった子供の塾通い、子供の私立小・中学への電車通学が、特に都会では増えている。そうなると、安全面から何か連絡をする必要性が増える事態は当然増える。まして、親も昔のように家にいる比率は少なくなっている。

携帯から携帯への連絡環境を、例外的ではなく、恒常的に必要とする子供が増えている現状では、携帯電話の是非自体もむなしい議論かもしれない。

単純に、連絡需要が高い子供には持たしてあげ、少ない子供には持たせないという、完全親裁量にすればよいのだが、親の裁量基準自体が適正に均一化されるわけもない。そして、友達が持っていたら欲しくなるのが子供の性質だ。こうして、色んなデメリットを解消しないまま、子供の携帯電話の普及率だけが上がるのが今後だろう。かなり危惧すべき問題のような気がするが、動き出して、もう止まらない流れのような気がする。

親が安全のために子供に携帯電話を持たせること、気持ちはすごくわかる。俺ももし親になったらそう思うと思う。だが、まだ子供がいないうちに自分に戒めていることがある。
「自分の不安を減少させるためのことに安易に逃げないでおこう。」ということだ。

子供が外で時間をすごせば、物騒な世の中、危険は当然ある。親としては気が気でない。だが、過度な子供への配慮は、結局は親が自分の心情の辛さを緩和するための処遇に過ぎず、本当の意味で子供視点に立っているものではないような気がする。自分可愛いさからの利己的な処遇であると思うのだ。

そんなものに逃げるよりも、子供は大丈夫か?という不安を抱えながらも、それを克服する強さを親自身が持つべきだと思っている。

「昔」は全て「善」で、「今」は全て「悪」というような、懐古主義者ではない。文明の利器を賢く使っていくことにも肯定だ。だが、今よりも貧しかった時代には、親と子供の適切な距離が保たれていたような気がする。親心は今も昔も同じだ。変わったのは、親の精神的強さだけだと思う。

子供への携帯電話の是非は、親の子に対する接し方、親自身の精神的発育への反省も含めて議論すべきことのように思う。