2008年10月27日月曜日

大学付属病院

よく寝た寝た。久しぶりの熟睡だ。一昨日までいた大学病院の寝床では考えられないほどの深い眠りをとることができ、入院疲れも吹き飛んだ感じだ。まったく上がらなかったテンションも、復調の気配。久しぶりにギターも弾いた。

俺が入院したのは、大学付属病院だったが、今まで大学病院に抱いていたマイナスイメージは、ありがたいことにことごとく吹き飛んだ。

まず、担当の先生がとにかく心ある方で、大学内では助教授という立場なのだが、権威主義的なところがまったく感じられず、患者本位ですごく熱心な先生だった。

担当医師が決まる前に、教授による診察があったのだが、その場は予想通りの大学病院診察模様であり、とにかく憂鬱だった。ずらりと並ぶ医者の卵を前にして、患者の俺に話しかけるというよりは、「この方は~という症状だ。考えられるのは何?  あは、と君たちに聞いてもわからないよね。」と言いながら、専門用語連発で病状を説明し出す。説明は患者に向けられたものではない。俺は完全なる実験モルモットの存在であり、医学部の見習いの態度もどうも気に食わなかった。

俺にしてみれば何が起こっているのかわからない状況で、各種検査担当に引き継がれた。
「これだから大学病院は嫌なんだ。逃げたろうか?」と、すね気味で検査を受けていたのだが、大方の検査が終わったところで、担当医師が挨拶に来てくれた。

俺のすね心は一瞬で吹き飛んだ。説明がすごく丁寧であり、リスクや現代医学の限界、人間が行う手術の限界なんかも包み隠さず話してくださり、その上で、今手術しないといけない旨を懇々と話してくださった。俺はこの先生なら手術を安心して任せられると思った。

手術中も優しかった。医者としての厳粛な態度はあるのだが、患者に対する配慮があった。
「は~い目を開けてください。 もしもし? 目を開けないと手術できないよ。」と優しく話しかけるお医者様。

「先生、目~開いてないですか?」と俺が聞くと、「開いているのは口やわ。 覆いの上からでもわかる。ちゃんと目を開け~。痛くないから。」と優しく返してくださる。

思いの他時間がかかった際にも、「ちょっと長くなってしまって申し訳ない。でも手術目的は果たせました。」とおっしゃった。そして、今後考えられるリスクなんかも再確認してくださった。 医学題材として患者を扱う医者が多いイメージを抱いていた大学病院だが、認識は大きく変わった。担当医師に対するイメージが良かったせいか、術後に冒頭の教授診察を受けた時には、初見時のようなマイナスイメージはなくなっていた。真剣に患者を検診する医者としての優れた眼がそこにはあった。

大学病院に対して抱いていた俺のイメージが偏見だったのか、たまたまここの大学病院が素晴らしかったのかはわからないが、少なくとも俺は今回の治療に対しては満足している。

俺の担当の先生だが、俺が入院中はずっと朝晩の検診をしてくださった。朝は7時頃に診察。夜は19時頃に診察。月、水、金と昼間は外来病棟で診察をされ、火、木は手術をされる。土日も検診されていたので、おそらく休みという休みは限りなく少ないのだと思う。
おまけに、緊急手術、当直、学会出張なんかもあるので、勤務時間は想像を絶する過酷さだと思う。

その中で患者に対して真摯に向き合える精神というのは、並大抵ではないと思う。秀でた人間として、選ばれた方だな~と思った。俺が手術を受けた日は両日ともに、俺は4件目の手術だった。1日中手術をする日が週に2、3日あるのだ。そして手術後はすぐに検診に入られる。いつ休息をとっておられるのか不思議だった。

ちょうど入院中に、東京の妊婦が救急病院からことごとく受け入れ拒否をされて死亡するといった事件が報道されていた。受け入れをしようにも当直医が1名しかいない状況での、大臣と都知事の責任のなすりつけ合いは、聞いていて醜かった。

これだけの激務があらゆる担当医の間で日常的に行われているのだから、医療体制の充実は急務であると改めて思った。医者不足が深刻化している現状は、俺の担当医の勤務状況を見れば納得できる。お医者さん自身の健康が心配になってくる。

おまけに、開業医と違って、公務員的な国立大学病院のお医者さんたちの給料は思ったほど高くないらしい。

社会保険庁の一部の犯罪者達のように、人の金を公的に搾取している奴がのさばって高給を得ている状況に比して、勤務医の給料の少なさは国家的に改善すべきだと思う。今の5倍くらいの給料を税金からあげてもいいのではと思う。

エリート職種の医者であるが、その仕事に対する使命感と哲学をしっかりもたれて、結果的に高給をとる方もおられれば、最初から金儲けにベクトルが向いている人もいる。一口に医者といっても、目指す専門、勤務形態をはじめとして多様である。

医者としての技量に才能なんかも関係するのかもしれないが、最終的にはその人の人柄が全てであると思う。専門領域の知識は、嫌でも一定ラインまでは身につくと思う。あとの医者の技量を支配するのは、その精神的な懐の深浅だ。患い気分の心をまず癒せずして、西洋医学だけの治療もくそもあったものではない。

本当に優れた医師は、西洋医学として医学の先端にいながらも、「病は気から」という、科学を超えた力の大きさも知っておられると思う。人間としての懐の深さが、科学に対して謙虚な姿勢をうみ、限界を知るからこそ賢く科学を使いこなせるという逆説を生んでいると思う。この逆説の体現者が名医であると思うのだ。

俺が入院した大学病院は、「人間性を重視した質の高い医療の提供」を基本方針として掲げていた。その言葉に嘘はないと思う。看護婦さんも含め、あらゆる治療と看護が、杓子定規ではない、生身の人間対人間のケアであったと思う。よい病院と縁が持ててよかったと思う。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

お疲れさん。

退院してしばらくくらい、短い日記にしなはれ。
パソコン見過ぎは毒。
パソコンから眼球にメスが飛んでくるで(笑)

管理猿まえけん さんのコメント...

>matoo氏

こら、怖い描写すな!(笑)
メスって言葉には超敏感なんじゃ!(笑)

ブログ書いて気持ちを落ち着けとるねん。書いている間だけ、パソ画面見るのを許してちょうだい。メス飛ばさんといて~。