2008年7月10日木曜日

料理がしたい

男の料理人に憧れる。板前とまではいかなくてもよい。一人暮らしで自炊をしている男を見ると、憧れる。結婚していても家庭で頻繁に料理を作る人に憧れる。外食して選ぶ席は、なるべく厨房が見える位置だ。男の料理姿の一挙一動にほれぼれする。

和でも中華でも西洋料理でも良い。ラーメンでも蕎麦でも麺打ち場面でも良い。男が食すもののいずれかの工程に携わっている姿を見るのが好きだ。

小学生の頃、俺は料理をよくした。よくしたといっても月に1度くらいだが、家族にもふるまって好評だった。「あんた料理の才能あるで。辻調理専門学校行き!」とおかんに言われた記憶がある。クッキーなどもしょっちゅう作った。スーパーのレジ袋の大きいサイズにいっぱいになるくらい、数時間かけてひたすら焼いて、それを常に携行しては、おやつにしていた日々もある。できたても美味かったが、冷えたクッキーの味わいもよかった。今でも味覚として確実に覚えている。

ところが、中学以降全く料理をしなくなった。家庭内での反抗からか、家族と接する機会が多い台所周辺には殆ど立ち寄らなくなった。

大学に入った時、自炊する男友達に憧れて、何度か自炊を習慣化しようと試みたことがある。その頃俺は、日払いバイトをしていたので、毎日6500円が手に入った。そして毎日6500円使った。全て飲食にだ。夜は連日、馴染みのお好み焼きや、中華料理屋で数千円を使った。

これではいけない! 反省する機会が年に数回あった。その度に俺は、「今日から自炊して、お金を貯めて楽器を買おう!」と意気込んだ。ちょうど、パチンコで数万円の臨時収入もあり、懐は豊かだった。

スーパーに行く。むちゃくちゃ楽しかった。砂糖・塩、醤油から山椒、七味、胡椒、カレーパウダーまでの調味料から、あらゆる野菜、ミョウガなんかも仕入れた。肉や魚の安いものを吟味して購入する。いっぱしの賢い主婦気取りで、スーパーの棚配列を覚えるくらい、京都白梅町近くのスーパーで買い物した。

下宿に帰り、料理するメニューを考えた。散々考えて、とりあえず初日はチャーハンにしようとした。鮮魚、肉、野菜などたくさん仕入れた結果がチャーハンだ。「でも大丈夫!今日から自炊に目覚めるのだから、明日からのメニューはゆっくり考えよう!」とでも能天気に思っていたのだろう。

脳は天気だったが現実は曇天、米をたく機器がなかった。慌てて炊飯ジャーを買いに行く。しゃもじも買い、米は近江のパールライス、なぜかしらないが、米売り場近くにあった、違う種類の米類も買った。もちごめと玄米だった。

下宿に帰ってチャーハンを作った。包丁がないことに気がついて、手でむいたり割ったりした。フライパンがないことに気づいて、またまた買出しに・・・。

準備万端、俺はプロの中華料理人が、フライパンを手首で操る姿が好きだった。だから真似た。
フライパンの中身より外にはみ出た量の方が多かった。拾った。

出来上がったチャーハンをやっと食そうかとする頃、ちょうど先輩が家に入ってきた。かぎもかけずにいたので、そのままいきなり乱入してきた。俺はびっくりして皿をひっくり返した。床にぶちまけられた米を拾って食べた。まずかった。深夜に腹が減ってカップラーメンを食べた。

後片付けを忘れていた。夏だった。臭った。虫が寄生した。怖くなった。逃げた。臭いが強くなった。さらに逃げた。

この日以来、俺は料理をしなくなった。この日の料理の値段は3万円を超えた。買いだした冷蔵庫の中身は、1度も調理にかけられることなく、悪臭と共にごみと化した。ビールとアイス以外入れたことがなかった冷蔵庫が臭くなった。

次に再び料理をしたのは、4年後になる。それ以降もドラマがたくさんあった。明日以降に記す予定だ。
俺は料理がしたいのだ。でも事情が色々あるのだ。

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