2008年7月15日火曜日

水分への渇望

暑い。この炎天下で走り回るキッズや、道路工事の人たちを見ていると、拝みたくなる。
まことに有り難い光景だ。

俺は汗かきだ。毎日下着がウェッティーで、下着越しに俺のビーチクが透けるほど汗かきだ。ラーメンを食すと、食している間に汗があふれ出し、採った塩分を丼に還元できるほどの汗かきだ。

色んな発汗の仕方があるが、俺の場合は、体中の毛穴が総開放し、全身くまなくあせがでる。手のひらと足の裏以外は全て均等に汗をかいている。

当然、むちゃくちゃ水分を採る。

毎日出勤途中の湧き水汲み場で、500mlのペットボトル3本に水を満たす。
その内2本は職場に着くまでに体内に取り込む。着いて弁当を食べる夕方までに残り1本を飲む。

弁当を食べるときには爽健美茶500mlを買う。食後に缶コーヒーを飲む。
帰り道に再び水を汲み、1リットル飲む。帰ってからビールを1リットル飲む。

合計すると、毎日最低、4リットルと250ミリリットルを飲んでいることになる。
もちろん、飲みに行く日なんかは10リットル越え確定だ。

俺の体は常に新陳代謝を欲している。常に水分を摂取していないと、体が変調をきたす。
高校卒業後くらいから、水分に対する飽くなき渇望が俺の性質となっている。

高校時代まではストイックだった。真夏の炎天下、水分もろくに採らずに白球を追いかけた。

当時の野球指導者は、軍人的な資質と間違った理論を持っている人が多かった。

後に、発育に良くないとされる、うさぎ跳びを全員が悲鳴をあげるまで課している人も多かった。俺もきっちり課された。うさぎ跳びというもの、最初は跳ねることが出来るが、ずっとやらされているとすり足だけで跳躍しない。鈍足のエリマキトカゲみたいな軍団が隊列を組んで校庭を一周している姿を眺める指導者・・・。軍人指導者はたばこを吸ってゴルフスイングをしてやがった。この訓練で俺たちが得たものは、バランス悪く発達した尻だけだ。

そして、軍人指導者にとってのセオリーは、水分を採らせないことだった。
「水をとるから汗かいてばてるんじゃ! なめるくらいしか飲んだらあかん!」とわけのわからない理論を振りかざし、俺たちの水分休憩を監視した。

俺たちはラクダじゃない。水分無しで、そうそう動けるものではない。
「高校卒業したら、毎日浴びるほど飲んでやる!」 強い渇望が俺の中に育まれた。

今、異常に水分を欲する俺の体質は、高校時代の野球部での体験が元になっているのは確実だ。鬼軍曹には恨みもあるが、おかげで水分をよく採るようになり、新陳代謝の良さが俺の健康な肉体を維持してくれている側面もあるので、ある意味感謝はしている。

それにしても。昭和時代の炎天下で、よく頻繁に死者が出なかったものだと思う。今のように「熱中症」という言葉も聞いたことがなかった。光化学スモッグ警報が発令しても、平気でグラウンドを走り回っていた。

試合中もテントがあるわけでもなく、ベンチも炎天下がほとんどだったし、日傘をさしているとはいえ、そこで観戦されていた保護者も、よく倒れなかったものだ。社会問題にはなっていなかったので、みんなそれなりに持ちこたえていたのだろう。

今の子の体が弱くなったのか、単に守られすぎなのか、日差しの有害度が増しているのかわからないが、今の野球部の練習を見ていても、定期的に水分補給をさせてもらっている。
水に対する飽くなき願望は、今の子には無縁だろうなと思う。

そういえば、最近の子供は果実系やお茶といった、ジェントルな飲み物を好む傾向がある。コーヒーを飲む子でも180mlがほとんどで、250ml缶を手にした子は少ない。

俺はといえば、飲み物を購入する時は量重視で、常にがぶ飲み体制だった。当然果実系なんかに興味もなかった。

汗がしたたる子もあまり見かけないし、なんだか今の子はかっこいい。

水分に対する渇望は、若者への羨望と紙一重である。壮年の心境はアンニュイだ。

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