2009年1月31日土曜日

S君

「24」の後は「ブルース・リー」、今日もドラゴンを見ては、部屋内で模倣して休日を過ごした。

早すぎてわからないほどの早業なので、ゆっくり何度も見直しては、体の動きを真似てみる。蹴りを出すか角度、高さ、研究して「アチョー」とひと蹴り! 

近所からクレームがくるか、通報されそうなのでやめた。今は李さんの超人技を堪能できるようになったのだが、実は、中学時代に見て以来、ずっと、ブルース・リーは避けていた。見るのが胸倉をつかまれるくらい苦しかったのだ。理由は的確に表現できない。

S君という人がいた。

S君とは、小・中・高と同じだった。彼は、運動神経は抜群。頭もよく、性格も面白い。服装面でもおしゃれであり、どちらかというと、日の当たる人生街道を歩みそうなタイプだった。中学校に入ってからもその傾向は変わらなかった。いつも特に目立つタイプではないのだが、誰からも一目置かれていた。

彼は女・男の双子であり、同級生に妹がいた。それと年違いの兄貴がいた。同級生の異性兄弟がいるからだろうか、今から思えば、異性への興味を感じさせない男だった。年違いの兄貴とは仲が悪いみたいで、兄貴への憎しみの情を時々口にしたのだが、その時の彼の眼は怖かった。底知れない苛立ちを秘めていたような気がする。

兄貴への憎しみ、異性への興味の希薄さは感じていたのだが、それ以外は実に面白く、くせのない人で、家にもよく遊びに行った。お母さんがまたいい方で、いつも行くたびに、豪華なお菓子を出してくれ、心地よい気配りと、「また遊びにきてね」と心地よく送迎してくれる。自分のおかんにしたいくらい、優しい人だった。

彼の家でブルース・リーの映像を初めて見た。衝撃だった。なかでもヌンチャク技は、おもちゃのヌンチャクを買って真似していたくらい、のめりこんだ。

彼はヘビメタの音源をたくさん持っていた。俺のヘビメタへの目覚めは親友からの洗脳だったが、S君から、多くの貴重な音源をダビングしてもらった。特にアイアンメイデン、オジー・オズボーンなどの、ブリティッシュメタル系の音源は豊富にあった。当時、映像を見る機会があまりなかったのだが、彼の家で、色んな映像を楽しんだ。とにかくたくさんの影響を彼からいただいた。

高校も同じ学校に進学した。クラスが違ったので、中学時代のような交流はなかったのだが、昔と変わらぬ、友人として何1つ不満のない人だった。彼自身の性格も、中学時代と同じように思っていた。

彼が高校を中退したのは突然だった。誰にも相談することもなく、彼の友人は俺も含めて、その真意すらわからず、何か神隠しにあったかのような存在として彼をとらえていた。実感もわかないほど突然に、見事に彼は俺たちの前から気配を消した。

中退してしばらく経った頃、俺と親友は、彼の家を訪ねた。彼は家にいた。お母さんの話では、ほとんど部屋にこもりっきりだという。でも、人を避けているわけではなさそうだし、ぜひまた遊びに来て欲しいとのことだった。お母さんの俺たちに対する目は懇願調だった。

久々に会うS君であったが、何が変わったというわけでもない。いつもと同じように音楽の話、くだらない話をした。高校を辞めた理由に関しても、俺は特別な意識もなく聞き、彼もためらいなく答えてくれた。

「技を磨きたい。すごいことをしたい。そのためには時間がない。学校行く時間がもったいない。」とシンプルに答える彼がいた。そして彼の部屋には、無数の格闘技の通信教材、書籍、そしてヌンチャクがあった。

俺と親友は、S君が抱いている壮大な夢に対して、なんともいえない気持ち悪さを感じた。普通なら、同世代の友人が、何か1つのことに向けて覚悟を決めている姿は、憧れにはなっても蔑みにはならないのだが、何か、S君の言葉、表情に、人間性を失った夢遊の影を感じ取ったのだと、今にして思う。

俺と親友は帰り道、「なんかちがったな~。 たまらんな~。」とだけS君に対しての感想を交換し、それ以降、あまり会話にも出てこなくなった。当然、家にも行かなくなった。

21歳の時だった。最後に彼と会った時から4年が経過していた。偶然に、枚方駅前のコンタクトレンズセンターで、彼とばったり会った。

彼も俺に気付き、「久しぶりやん。」と気さくに話しかけてくる。瞬間的には昔と変わらない口調だった。

だが、彼は実に醜くなっていた。おしゃれだった彼が、見るのも辛くなるような、もっさい服装をしていて、表情に魂を感じなかった。

帰りのバスで色々近況を教えてもらったのだが、「手首を傷めて格闘技のマスターに息詰まった。俺には時間がない。動体視力のことを考えてコンタクトの調整に来た。 世の中くだらない。俺は手にしたいものがあって、それに向けて励んでいるところだ。」とハイテンションで話した。仕事は「したくても出来る状況ではない。そんなことをしている場合ではない。ヌンチャクを手に修練することがたくさんで、それどころではない。」とも言っていた。

彼は一方的に話し、俺の近況や、昔の共通の友人には興味が無さそうだった。明らかに違う世界、多分それは夢の世界に生きている人に思えた。浮遊した目、座りの悪い目の表情を今でもはっきり覚えている。

すごく自己嫌悪することなのだが、俺はその時、彼を狂っていると思った。そして、一緒にいることがすごく恥ずかしかった。同じバスで、彼と話している俺に対する乗客の視線を受けることが、たまらなく恥ずかしく、迷惑だった。

ブルース・リーの表情を見ると、いつも頭に浮かぶS君・・・、だいぶ年月を経て、こうして記せるくらい消化できてきたのだが、ずっと目を逸らしていた思い出だった。理由はわからない。

彼が、ヌンチャクを持って手にしたかった世界とはなんだったのだろうか?

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