2008年2月4日月曜日

無力な日々の幸せ

2週間ほど前に、保護者から相談を受けていた。以前の塾で知り合った生徒さんで、1年以上、交流がない方だったのだが、突然、こちらの連絡先を調べられてかけてこられた。
その後、実際にお会いして相談を受けた。

デリケートな問題だが、俺は塾で関わりがある子達に、バンドの存在は言っていないし、ここでも、一応、俺のホーリーネームを使っているので、大丈夫だろうと思って記す。

俺が以前、1年間ほど交流があった生徒が、今は進学校でなのある高校の1年生なのだが、彼が今不登校になっているとのことだった。親御さんはとても素晴らしい方で、お医者様なのだが、実に謙虚で、一生懸命で、俺自身、在職中には尊敬していた方だったのだが、その方のご子息が、不登校で引き篭もっているというのだ。

誰にも心を開かず、親子の交流もよそよそしい感じになってきた時、彼が、俺の名前を御両親の前でポツリと出してくれたというのだ。そして、御両親が俺を訪ねてくださり、今の現状を包み隠さず話してくださった。ひきこもって、無気力で荒んできている近況を教えてくださった。

何とか、彼の前向きな展開へのきっかけとして、1度、彼とじかに会う時間を作ってくれないかという要望をいただいた。

頼ってきてくれるた嬉しさと同時に、彼の苦悩を思い、心が痛んだ。どんな話しをするか、高校中退を勧めるかどうかも含めて、全て俺に一任してくださるというのだが、正直、荷が重かった。

とにかく、よい聞き手になってあげよう! という思いを胸に、恐縮しきりの御両親には、「高校生の若い方と、1対1の生身の交流を持てる機会を嬉しく思います。力になれるとは思っていませんが、とにかく、久々に再会出来る機会を与えていただけてありがとうございます。」と告げ、会うことになった。

実は、昨日会っていたのだ。昨日は、気持ちが整理できず(今でもだが)、書かなかったのだが、俺は昨日、彼と4時間の交流を持った。

1年会わない間に、随分男らしくなって、高校生らしい顔つきになっていた。もともと無口な彼だが、それなりに今の苦悩を話してくれた。彼の実情と苦悩をここで書く気はない。ただ、俺に会おうという気になってくれたことが嬉しくて、それなりに気は使ったが、策にこらず、ひたすら聞いて、そして自分の偽りない本心だけは伝えた。

杓子定規に見た場合、彼の苦悩は、大人からしてみれば、実に小さな苦悩にも思える。大人からみない場合でも、自分の高校生時代と重ねてみて、随分、精神年齢が幼くも感じた。しかし、その彼なりの苦悩の深さは、とても大きく、少し処理を誤れば壊れてしまいそうな危うさを感じた。

力になってあげるということは、彼にとって、具体的にどうしてあげることなのかがわからないまま、会話を進めた。ついつい、こちらの気持ちが高ぶってしまい、早急に何とかしてあげたいという感情が高まった。優れた聞き手でありたいと思っていたのだが、気がつけば、結構、踏み込んだ話しまでしてしまっていた。

1ヵ月以上、外に出ずに、外部の人間との交流を持っていなかった彼に、いきなり長時間の人的接触は、疲れるであろうことは想像できた。だから、俺は焦らずに、とにかく彼のエネルギーのつまった容器に、再び活力が充満されることを信じて、ひたすら待つ辛さを大人が感じて、彼が再び何かを欲した時に、手助けできることがあったら、喜んで関わらせてもらいたいという気持ちだけを胸に、彼を4時間後に自宅に送った。

疲れた。今までも、不登校、いじめ、成績不振の相談は数多く受けたが、今回は特に疲れた。

この疲れ方は、自分に対する凹みからきているような気がした。一生懸命もがいている若者の、その清さを前にして何も出来ないこと、そして、どっかで結論を焦って言葉にしていた自分のせっかちさと傲慢さ・・・・。 結局、何かプラスになるものを得たのは俺だけで、彼にとっては、むしろマイナスの交流時間ではなかったか?と考え、無力さ以外の何も感じなかった。

今日は、なんとなく昨日のことが頭を支配していて、浮遊しているような1日だったのだが、夜遅く、彼のお父さんから電話を頂き、嬉しいご報告を受けた。

俺は昨日、彼が1年前の高校受験の時に解いた問題とか、数冊の本をプレゼントしたのだが、彼が今日その問題を解いて、自己採点してお父様に見せたというのだ。親子の関係が険悪になりつつあり、夕食を食べたらすぐに部屋にひきこもっていた彼が、今日は、カレーを2杯も食べ、食後もしばらく家族の場にいたというのだ。最近にはない笑顔を見せてくれたというのだ。

泣けた。感動でありがたい気持ちでいっぱいだ。そして、彼の精神的な支えとして、家庭教師を定期的にではなくても、なんとかお願いできないかという打診をいただいた。

本心だ。関わらせて頂いて嬉しいのはこちらのほうだ。精神的な負担は大きいが、この精神的な濃度は、壮年の俺にとって、何よりのビタミンだ。「俺が彼を立ち直らせてやる!」といった、俺の心底に少しはあったような、傲慢な気持ちが消えていくのがわかった。単純に、彼の心の一時的にではあれ、平穏が訪れたことに涙した。

お医者様という家に生まれたことは、それが優位に働く子もいれば、十字架を背負わされる子もいる。この先、一般社会的な目で見た彼の立ち直りは前途多難にも思える。だからどうしたというのだ。
立ち直りなんて言葉は、大人の傲慢だ。彼は今も立っている。そして、それを理解しておられる、心あるお医者さまのお父様とお母様がおられる。彼は彼なりに、両親を乗り越えようともがいているのかもしれない。色んな場面が彼には用意されているだろうから、その場面にまで彼が出てくれる時、俺は彼にとって最適な道が開かれるような気がする。

無力ではあるが、こんな素敵な場面に関わらせていただける自分の環境に感謝して、彼の青春のひとコマに参加させていただきたいと思う。

幸せな日々を! そして、色々学ばせてくれてありがとう、○君!

2 件のコメント:

あられ さんのコメント...

先日、「傾聴」の研修に行ってきました。
対人援助の場における「理解・共感・受容」するということは、援助者が相手をわかる・理解するのではなく、「相手(援助される側)がわかってもらえたと実感できること」だ、という話が非常に印象的でした。
聴くことはそれだけで援助になる、と。
そのことを思い出しました!

管理猿まえけん さんのコメント...

あられちゃん、いいコメントありがとう。よき聞き手になってあげたいと思いながらも、ついつい、自分の感情の高まりを言葉で表現したいと思う俺は力量的未熟さを痛感しましたが、相手の立場に立つ幸せさも感じました。
無力さを感じる前に、聞き手としての力量を身につけたいと思っています。ありがとう。