2008年2月15日金曜日

眼鏡に思う

自慢じゃないが、俺はむちゃくちゃ眼鏡が似合わない。どんなかっこいいフレームをつけても、そのフレームが醸し出す雰囲気に負の反応しか示さない。

俺の視力は、昔はあほみたいに見えたのだが、小学校高学年くらいから悪くなりだし、たった1年くらいの間に2.0から0.3ぐらいまで下がった。テレビは見ない。勉強はしない。外で遊ぶだけしかしていなかった俺にとっては、外的要因は考えられない。親父がど近眼だったので、完全なる遺伝だろう。

それでも、まだまだ見えていたのだが、中学生になると黒板の文字が見えなくなり、俺は眼鏡デビューする。選択権のない俺は、おかんに連れられて、枚方のイズミヤの1階で眼鏡を買った。ばりばりスタンダードの銀縁眼鏡であり、今ほど多彩なフレームがない当時の中でも、最もありふれたものであった。しかし、鏡に映る自分の顔を見るたびに、吐き気がした。周囲の大人は、「口ぽかーっと空けていてアホっぽいあんたが、少しは賢く見える。いいやん! いいやん!」と下げて上げる褒め方で、自信をつけさせてくれるのだが、自分の中での眼鏡に対する嫌悪感は高まるばかりであった。

授業中には、見えない時だけ、双眼鏡のように眼鏡をあてて見るのだが、常時装着できるほどの自信がなかった。今から思えば自意識過剰なのだが、ガリ勉で、危ない人種にしか見えない眼鏡をかけることは、少なくとも、人並み以上にもてた当時の俺の、女子人気の終焉を意味することであった。

ちょうど国語の時間に、円地文子の「めがねの悲しみ」という話があって、それは、そのまま俺の悲しみでもあった。配本時に全て教科書は読んでいたのだが、俺はこの話しが授業でなされる日が来ることを春先からおびえていた気がする。

そんな俺も、中学の後半は、常時眼鏡をかけないと日常の生活に支障をきたすほどの視力になり、装着を余儀なくされる。この年は、先輩のヤンキーに3回ほどしばかれかけた。ちょうど1つ上の、秀才で運動も出来る奴として名を馳せていた兄貴の名前を出すと許してくれたのだが、兄貴の名前の威光が届かない繁華街では、2回カツアゲされた。1度は梅田で「フットルース」を見た帰り、もう1つは樟葉のモール街でゲームをしていた時だ。どちらも友人と2人でいたのだが、俺がいちゃもんをつけられたり、「飛んでみろ」と言われた。

明らかに弱そうに見えたのである。屈辱的な日々であった。眼鏡の時期は、なおん人気も減少していた気がする。

この当時の修学旅行の写真を見ると、一緒に映っているのは、後にヤクザになった奴、暴行・強姦でまだ服役している奴、シンナーで廃人となった奴と、不健全極まりない奴だらけなのだが、その中にトンボみたいな銀縁眼鏡をかけた俺がいる。 泣けるほど弱い・・・。そして危ない!

俺は高校入学を機に、親に頼んでコンタクトを買ってもらった。それ以来、今に至っている。家ではいつも眼鏡であるが、何度か外でも眼鏡を中心に生活できるように、俺に合う眼鏡を探す努力をしたこともある。白ぶち、ふちなし、黒ぶち、ガラぶち、色々試したが、どれもそれをはめた当時に嫌な体験を重ねた。

「似合う」と言ってくれるのは熟女ばかりだ。あとは、けちょんけちょんだ。

29歳から1年間、S川急便で仕事した。その時は黒ぶち眼鏡をかけていたのだが、いちびりのだいぶ年下の飛脚が、俺を名前で呼ばずに、「おい、めがね!」と毎日のようにおちょくってくる。俺が体育会系ノリで、「はい!」と絶対服従の姿勢を貫いていると、奴は調子に乗りやがる。

「おい、めがね!」から始まる言葉が、だんだん、おちょくりの域を超え、「肩をもめ」やら、エスカレートしてきたある日、俺は彼に、関西弁を封印して、「あの~、あんまり調子に乗っていると切れちゃうよ僕。」と優しく彼の目元を見つめていった。相手するのが鬱陶しかったので、交流を絶ってくれる依頼をしたつもりなのだが、彼は足を震わし、無言で立ち去った。

後で聞いたのだが、凶暴で横柄な彼が、俺に謝罪する旨を店長に言っていたらしい。「あいつ、怒らせたら刺しますよ。」と言っていたらしい。笑い話にもならない。悲しいよ僕。

眼鏡をかけた俺の表情が、完全に誤解されて、いやな怖さを醸し出した瞬間だ。心外だ。僕は怖くないよ。

危ない奴に見えるのだ。それもハードボイルドな危なさではなく、人を刺しそうな雰囲気を醸し出す何かが俺の眼鏡姿にはあるようだ。

俺に似合う眼鏡が出てくれないか、切望している。今でも、俺でも危なく見えないフレームがあって、俺が眼鏡屋でチョイスするセンスがないだけなのだろうが、眼鏡というのは、はめた瞬間と常用する時とでは、根本的な醸し出す雰囲気が違う。客観的に見て、俺に合うフレームを見つけるためには、しばしの臨床実験が必要だ。

コンタクトをハイドロケアしている翁の存在は、あまり聞かない。白内障でしょぼしょぼした目にレンズをはめることは不能であろう。いつか俺も眼鏡を常用する時が来るかもしれない。その時に、雅な雰囲気を醸し出すことが出来るだろうか。人を刺しそうな翁の雰囲気を醸し出して余生を過ごすのは嫌だ。

眼鏡を日本に伝えたのはあの、フランシスコ・ザビエル君だと聞いたことがある。何してくれるねん!

全国にあふれる眼鏡屋ストリート、その中で俺に合う、いや、贅沢は言わない。危なく見えない眼鏡を見つけることが出来たら、それは俺にとっての福音だ。

眼鏡は眼を映す鏡だ。眼は人の性質を醸し出す。眼鏡が似合わない俺は、眼が荒んでいるのかもしれない。眼鏡が似合う人の眼を羨む俺の眼差しはまた危なくなっていく。

眼鏡が不要だった幼少の時の濁りのない目が恋しい。不乱視栖子 座眉絵留・・・乱れぬ目を持ったむき出しの子供 眉の下に今でも鎮座している映像を心に留めよう。福音は我の中に。

大げさなブログがまなこを曇らせていく。眼鏡が必要だ。

4 件のコメント:

おしん さんのコメント...

毎度!
1回メールを送ったんやけど、spamちゃんに
まぎれてもうたんかな??

レスが無くて寂しいからこっちにコメントを
しました~☆

とりあえず、cheap再開おめでとう!
ライブ楽しみにしておくわ~。

それと、このブログに触発されたので、
俺もブログを再開したので、
また覗きに来て下さい。

では、また!!

管理猿まえけん さんのコメント...

うお~、おしん、完全にスパムってたわ。
今日は貴殿の誕生日やに。おめでとうございます。ブログアドレス教えて。今度はスパム凝視しまくるから、懲りずにもう1度(笑)

色々話したいことあるし、是非出張組んでや。

あられ さんのコメント...

こんばんは
こちらは毎日みぞれ模様です。どんよりお天気ばかりです。

わたしもあられなぐらいですから、小学5年生ぐらいからのメガネっこですわ。
今じゃ安くて小じゃれたメガネが街に溢れていますものね。子どもが間違いなく可愛くなくなるあの頃のメガネが懐かしいです。

最近自分の周りでは視力矯正手術が流行っています。私はひどいビビリなので、とてもじゃありませんが角膜をぺろーんとする手術なんぞ受けられそうにありません。
まえけんさん、いっそメガネとは一生決別する覚悟でいかがですか?手術!

管理猿まえけん さんのコメント...

>あられちゃん
レーシックとかいう手術やろ?ぺろーんって処置で、日帰りで矯正出来るみたいやに。
でも、俺もあられちゃん同様、目をレーザーかメスかしらんが、いじられることを想像しただけで、気を失いそうですわ。

あられちゃんめがねって、今は少ないね~(笑)今度お会いした時は、めがね姿見せ合おうか??(笑)