2008年2月28日木曜日

暦に思う

明日は「閏年」だ。歴の時間のずれを調整するために設けられたらしいが、暦を作ったひとはすごいと思う。太陽暦や太陰暦やらあるが、時間という尺度の設定といい、実に数学的で天体スケールでの設定で、考えれば考えるほどすごいと思う。

暦というのは不思議の固まりだ。疑問だらけである。日本の暦に関する事項も含めて、なんか俺の疑問に答えてくれる書籍もたくさんあるのだろうか? 今度調べたい。

疑問1
なんで、年間日数365日(4年に1回365日)の中で月ごとの設定を変えたのだろうか?
別に2月を28日設定にして、31日と30日を微調整したのだろう?

疑問2
何で6月に祝日を作らないのだろう? 別に「紫陽花の日」とか設けてもよい気がするのだが・・・。他の花が怒るからかな? でも、それを言い出したら「海の日」が新しく作られたのに、「山の日」はないなんて不公平だ。朕の生誕日とかは仕方ないとしても、「子供の日」があるのに「大人の日」はない。
「体育の日」はあるのに、音楽鑑賞や読書やひきこもりは、全て「文化の日」でおさめられる。
老年には「敬老感謝の日」で崇め奉るのに、敬老以外の人間には「勤労感謝の日」でざっくり済ませる。思いだしたように「成人」にだけ媚びやがって・・・。
「春」と「秋」だけを農耕文化の名残からか祝福するが、田植えが刈り取りにいくまでには、夏の太陽と冬の地盤温存期間があるおかげだ。夏と冬怒るで。

疑問3
上記の祝日設定が決まるまでにある力関係にはどんな利権があるのだ?

なんか、疑問がげすになってきたので止める。

もしもだ、暦というものがなかったらどうなるだろう? 当然時間という区切りも出来なくなる。年齢という概念もなくなる。なんか素敵な展開がありそうだ。

良くも悪くも暦によって、年齢といった概念が人の意識を支配してしまう。「あの人75歳か~、そろそろ死ぬな~。」とかいった無意識のジャンル分けと生死の概念に始まり、「○○さんとこの息子、30歳にもなって無職でどうなっとるんえ~。」みたいな余計なお世話・・・。

誕生日という概念もなくなる。節目の記念日がなくなり、全てが自然の変化だけを中心に回転し、企業においては決算という発想もなくなる。そうだ、社会主義者が目指して到達できなかったものは、時間という概念がなくなれば初めて成就できたのかもしれない。

原始的かもしれないが、そうなれば言葉の壁自体もなくなる気がする。君主が複数いらないから、言語を隔てる理由がなくなるのだ。

太古から一言語だけで世の中が回り、言葉の中に抽象名詞は生まれなかった気がする。時間という抽象観念がないのだから、「死」という言葉がイメージを産まず、死ぬことへの恐怖もなくなっていたかもしれない。死ぬことは暦による加齢という概念が呼び起こすもののような気がする。動物みたいに、人間も生死を本能的に受け入れ、そこに悲しみも起こらないかもしれない。そうなると・・・・。

多くの宗教家が目指しているのは、こんな世界かもしれない。どだい無理がある。ちゃんちゃらおかしい。少なくとも俺は嫌だ。俺の頭の。ただでさえ少ないうえにお隠れしまくった容積の中の味噌を溶かしまくって適度に朝夕の汁を賞味したい。

思考する過程で種々の好奇心がわいてくる。そしてそれを満たそうとすると、そこには科学が生まれる。科学的な発明には需要があり、そこに利潤が生まれる。そして貧富の差が出る。そして、犯罪が生まれ、種々の思想がまた再構築される。

人間が考える葦であるという言葉の意味だけは、科学ではないが科学的に認識(わが身に鑑みて)しているのに、そのことに色々な解釈を加え、種々の理想郷の思想を理論化し、口当たりの良い、耳障りの良い、そして生を実感できる一面的思想の鎧だけを羽織って暦を重ねてきたのが、アカデミックな堆積物だ。そして、そこに抽象概念を付加して生まれたものが宗教と定義される何かだ。

良くも悪くも暦が出来、時間という概念、その体系の中で息をしている。極めて抽象的で具現化されない次元の中で生きているならば、考えなくても良い思想に思いをはせるのではなく、先人が残した科学の知識と理論の瓦礫の中から、本能的にキャッチできるものだけを拾い集め、その中で暦を生き、齢を重ねたい。

乱文にもほどがある。

本当に文章が下手だ。結局は言いたいことを言葉で表現できる言語力が欠如しているのだろう。暦の話しと素朴な疑問が、言語力の未熟さを露呈して、暦のなか少し落ち込んだ。色々考えてはいるのだが微調整が出来ない。思考は言葉と共に育まれる。乱れている。

閏年、俺にとっては思考の乱れを微調整する年だ。4年に1度であって欲しい。

3 件のコメント:

Takabo さんのコメント...

暦ってホントに複雑怪奇、作った人を尊敬しちゃうよね~。
詳しいことわかったら、簡単に訳して教えてね(爆)

こどもの日=端午の節句、は祝日で
桃の節句は祝日じゃないのって、
やっぱ差別?(笑)

管理猿まえけん さんのコメント...

>タカボ姫

ほんまやね、ひな祭りも飾りつけ大変やのに平日やもんな~。田嶋陽子に言いつけなあかんな~。でも余計ややこしくしそうやに(笑)

暦に関して詳しいことわかるのは無理で、おそらく晩年には氷山の一角はわかる思います。その時呂律が回っていたら訳します(笑)。

管理猿まえけん さんのコメント...
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