2009年2月5日木曜日

左脳と右脳

一般的な脳科学では、左脳は、「科学・技術脳」、「分析脳」であり、右脳は、「詩・芸術脳」、「全体的把握脳」であると言われている。石田春夫氏の「セルフ・クライシス」(出版社忘れた)で得た知識だが、石田氏によると、

左脳には、言語中枢が存在していて、言語を道具とする分析的な思考に強く関与しているらしい。

一方、右脳は、人の顔や物の形の認識と把握することに強く関与していて、音楽や芸術においての直感的、総合的な思考を支えるらしい。

左脳と右脳の機能度が、100:0という極論はないにしても、時々、どちらかに偏っていすぎだと思わずにはおれない人もいる。そして、それが右脳に偏っていれば、天才と呼ばれ、左脳に偏っていれば、狂人と呼ばれるのかもしれない。

解剖生理学的な考証を100%信じる気はないが、著名人や俺が今まで出会った人たちと照らし合わせて考えてみると、なるほどと思う部分がある。

例えば、ミスターこと、長島さん。直感的能力、感覚的能力を野球に応用して築きあげた長島さんの野球技術は、考えて真似られる技ではない。そして、直感的能力に長けた長島さんの名言は、全て、言語分析の結果の言葉とは思えないすごさを持っている。音楽や芸術方面に進まれていても、世界の長島となれたのではないかと思う。右脳に秀でた天才の典型的な例だと思う。

一方、有名大学に入り、言語を使った分析の修練だけに日々を費やした人たち、つまり、左脳訓練だけに偏ってしまった人たちが多くいる。人生のある一時期だけの言語分析への傾倒で終わればいいのだが、それで終わらず、言語分析が現実世界の他のことを凌駕してしまった人たちの、総合的なずれ方は、彼らのファッションセンスにも滲み出ている。

「どこの店で売ってるねん」という突っ込みや、「どうやったら、その着こなしできるねん。」と、ファッションセンスのない俺がダサいと思うほどの輩がいる。

あらゆる学問、文化、人間にふれて、右脳と左脳を両方とも鍛えなければならない時に、言語をこねくり回すことだけ、左脳だけの訓練に終始してしまった人たちが、言語を使った教義という名の言葉遊びに翻弄されて、教団信者となる事例は多いと思う。オーム真理教の信者たちの、ファッションセンスの無さと、言語能力の高さとの対比は、この左脳限定訓練の弊害であると思う。彼らの死刑をする前に、脳解剖をしてみれば面白い結果が出るのではないかと思う。

高学歴の人の中には、官僚になるタイプと学者になるタイプがいる。乱暴な分析だが、学者になるタイプの人は、比較的良家の出身が多いと思う。一方、官僚になるタイプは、中流家庭からの努力で学歴社会を勝ち抜いてきた人が多いと思う。苦労という点では、官僚のほうが多かったと思うのだが、文化的素地の上に教養としての学問が用意された良家の出と違い、どうしても官僚になる人には、失われた何年間かが存在する。

学問に対する遊び心がある、学者を輩出する家柄に対して、学問が競争社会を勝ち抜くための言語分析と暗記の修行場であり、それを勝ち抜くためには、他の文化的なことに目を背けなければならなかった、官僚を輩出した家柄・・・、という構図は立てられないだろうかと思う。

一般的に大学教授などの学者は、言語分析の訓練を繰り返して、彼らの専門性を築いてきた人たちだ。つまり、左脳訓練を恒常的にこなしている人たちだ。その割には、芸術方面への理解、興味、造詣が深い方が多い。こうした右脳的要素も多く持ちえる方々が多いのは、きっと、幼少時に良家のご子息として、文化的教育もされた方が多いからだと思う。つまり、右脳的な発育があった上で、左脳を訓練していった人が多いのだと思う。

一方、官僚は・・・。官僚の非常識さが信じられず、憤慨することも多いのだが、こう考えると、少し彼らに同情したくもなる。右脳も適度に育むべき時期に、左脳訓練に日々を費やした、競争社会の犠牲者といえるかもしれない。右脳教育の犠牲者が国を牛耳る構図というのも、芸術性に乏しいわが国を上手く象徴している気もする。

こうは分析してみたものの、脳科学は色んな側面から見ることができるので、極論自体は、出しにくいのだが、ルックス、思考面において「官僚的」なるものが見受けられるのは確かなので、あながち間違った分析とも思わない。

自分自身の分析をしてみれば、右脳、左脳共に、実に並みであると思う。時に、右脳による能力を欲したり、左脳による能力を欲したりして、そしてそれが手に入らない過程で、自らに合掌したくなる時があるが、まあまあ、バランスよく身につけているほうではないかと思う。少し右脳が弱い気もするが・・・。

合掌ということで思い出した。たしか、冒頭の石田氏は、同じく冒頭の「セルフ・クライシス」の中で、「右手と左手を合わせる合掌は、右脳と左脳をバランスよく補い合わせる必要性を象徴した行為だ」といった主旨のことを述べておられたと思う。

合掌は脳バランスが中庸であることを象徴しているのであれば、脳科学的には、俺は幸せかもしれない。

2 件のコメント:

オオタ(アルカリムッシュ) さんのコメント...

>少し右脳が弱い気もするが・・・。

このくらい↑のバランスが、社会の中で生きながらえるにはベストだ、とおっしゃる人もいますな。
右脳が優位だと、失語症や鬱になりやすいんだとか。

それにしても、脳科学は時の学問というか、どんどん旬なモノとして扱われるようになっておりますな。
わたしゃ、そちらの方の、世の中の「唯脳論」への偏りの方が気になりますわ。

管理猿まえけん さんのコメント...

オオタ氏

>世の中の「唯脳論」への偏りの方が気になりますわ。

これわかる。なぜか、養老さんの著作が売れた頃からか、茂木さん(MOTEKIではない《ローカル笑い》)などの脳科学者が言う学説が、普遍の心理みたいに啓蒙される風潮がありますな。

俺は感覚的批判するために彼らの著作を読んでいますが、今のところ、自己批判で終わっています(笑)