2007年11月10日土曜日

銭湯コミュニティ

今日も銭湯に行って来た。今年も温泉、銭湯と素晴らしい頻度で入ってきた。自宅から車で2時間圏内だけでも、すごい数の温泉、銭湯があるので、実に恵まれている。

休日の昼間に出かける時は、必ず温泉をめがけるのであるが、仕事帰りなどにちょろっと立ち寄る時は、自宅から30分以内の銭湯に行く。以前は、温泉だけを選んで、銭湯を避けていたのであるが、最近は地味な順に銭湯を巡っている。

今、数えてみる。正確ではないが、思いつく限りカウントする。

自宅から車で30分以内にある温泉の数・・・15箇所ほど(鉱泉含む)
自宅から車で30分以内にある銭湯の数・・・20箇所ほど(健康ランドを含む)

ちゅうことは、自宅から車で30分以内に35箇所の入浴施設があることになる。実に恵まれている。

最近は近場では温泉より銭湯を好む。近場の温泉は佇まいと客層が個人的に合わないのだ。ここでは銭湯にだけふれる。

これだけの数の銭湯があると、当然、勝ち組、負け組みが出てくる。

勝ち組の一般例を出そう。

食事処やマッサージを完備していて、風呂の種類も多い。露天はもちろん、桶風呂、薬湯、電気風呂、サウナ、スチームサウナ、温度差のある複数の内風呂、ジェット湯・・・。 湯船は浅めの設計で、半身浴を楽しめる。洗い場も綺麗であり、座るいすも、菊の目にあたりが割れていて、実に快適なやつだ。ボディーシャンプーとリンスインシャンプー完備である。シャワーの水量も適度で、温度調整も完璧である。脱衣所も広く、子供がフルチンで戯れるスペースがある。風呂上りは休憩所で、最新の雑誌やテレビに囲まれて、まったく退屈しない。畳なんかのスペースもある。

負け組みの一般例を出そう。

暖簾が二つで代金回収のおばちゃんが、男湯、女湯の間を見渡せる所に鎮座している、昔ながらのあのタイプだ。なぜかおばちゃんのシルエットは均一だ。見ている番組もいつでも時代劇だ。録画か? 飲み物は瓶の牛乳とコーヒー牛乳があるくらいで、画像の悪いテレビゲームが置いてある。 今時テトリスって・・・。しかも電源はゲーマーが入れなければならない。サウナは3人が入るとボディータッチ必然の狭さだ。露天はない。内風呂も浴槽が2つだけだ。2つに区切る意味がないのだが、なぜか2つ(以上)ある。洗い場は狭い。シャワーがあるスペースが3箇所ほどだけある。出てくる湯はチョロチョロだ。他の人が洗い終えた瞬間に熱湯が出てくる。この時だけジャージャーだ。洗い手全員の協力が必要だ。チームプレーだ。 シャンプーリンスはない。たまに石鹸を置いてある所もある。白い石鹸に毛が必ず装備されている。縮れている。素敵である。俺もつけて返す。イスは小さい。半ケツだ。洗面器とお揃いで黄色で統一されている。ケロリンって書いてあることが多い。詩的だ。
浴槽の深さは、完全なる設計ミスで、底に尻をつけると沈む深さだ。湯船で野球の野手のような体制でつかっていないといけない。「さ~来い! ピッチ入んで~!」と守りの体制である。胴長の昭和初期生まれの親父は、ぎりぎり鼻だけ湯の上に出して、ブクブクしている。鼻汁と唾液と湯の融合がなされている。実に麗しい・・・。いや、呪わしい。 湯上りに休憩しようにも、100円入れる健康イスがあったりするが、壊れている。旧式マッサージ機のこぶしは剣玉みたいなやつだ。座るだけで痛い。拷問器具のようだ。お風呂グッズ置き場になっている。 スポーツ新聞があるが、あとは、半年前の女性雑誌や、統一性のない漫画のラインナップである。「明日のジョー」があった。ジョーが丹下のおっさんに会って、次の巻では白くなっていた。 全2巻だ。不敵だ。 どさくさに紛れて「頭の体操 by多胡」があったりする。体操したページの答えは抜けている。瞑想の世界だ。 答えは必要ない! 悟って立ち上がると、床はネチョネチョだ。ブクブク親父がござを敷いただけの床に座っていた。
ネチョネチョの答えが出た。瞑想を止める。親父の頭上のシルエットは黒優勢のオセロのようだ。

読みにくいだろう。文体を整える社会学的なアプローチではない。自己体験に基づく一般化だ。箇条書きだが過剰表現ではない。文量の差でわかるであろう。どちらを俺が愛しいと思っているか。

本来、銭湯は人々の交流の場であったはずだ。アミューズメント施設ではない。綺麗で快適な空間を求めるならば、休みの日にアミューズメント温泉に行けば良い。歯磨きのような日課の1つに触れ合う空間が、気取ったもので、お客本位のものである必要はない。同性同士が汚れた垢を落としながら、1日の区切りをつけ、他愛の無い会話を弾ませる社交場・・・、これが銭湯の美しい姿であろう。

昔、京都のとある銭湯に行くと、俺以外全員が絵付きの肌であった。俺はよそ者だったが、彼らは立派に社交していた。美しい姿であった。カチコミュニティーであった。決戦の集いと言うべきか・・。

俺は社交を求めて、ひなびた銭湯を選んで行っている。まだ俺は、そこで築かれたコミュニティー内では異邦人だ。異邦人の視線で入りたい社交場を探している。 湯浴み後のでこに横分けびっしり、激震のヘアースタイルで、異邦人の視線を彼らに送っている。中に入りたいのだ。

異邦人の視線は孤独だ。しかし、人間味ある湯浴み所に美しさを見出す視線は遮光されていない。

「たかが湯と あなどるなかれ 浮くよ人 社交場気になる カミョ髪」 (『まえけん全集7巻「観阿弥・世阿弥・湯浴み」より引用) 

4 件のコメント:

赤ひげtodタカ さんのコメント...

銭湯ネ。中学生な頃、浴友人と逝ったワ。デ、思い出しついでに。 幼子な頃に棲ンでたトコロは、小規模な食品製造工場兼な住宅ってナ代物デ、食卓って云うより食堂ってカンジな家やったのネ。デ、風呂も、銭湯までイカンが、風呂場(わかる?)ってカンジで、シャワーが3つ付いてて、並んで身体を洗えたンを思い出したワ。…、オヤスミ。

管理猿まえけん さんのコメント...

あんた、地方名家の出やもんな~。羨ましい限りだわ。回想のひとコマに役立てて嬉しいです。

でも、変換機能をもう少し使いこなすこと!カタカナ変換の感性の違いを、次回会った時にゆっくり説教するから聞いてな。長いぞ~!(笑)仕事頑張れ~~~!

naka さんのコメント...

たぶん数年前にも訊いたけど「まえけん全集」どこで購入できる?(w

管理猿まえけん さんのコメント...

あ、兄貴~! 

俺の心の中で発刊されています(笑)。活字にするとヤギも食べないので、死後発刊予定です。データーが飛ばなければ・・・。