2008年9月10日水曜日

北のこと

建国60周年を記念する今日に、北のメタボおやじは姿を見せなかったらしい。AP通信の報が正確とは思えないが、脳梗塞を起こして重態らしい。

そっくりさんが5人はいると言われている金の大将が、仮に偽者にせよ公に姿を現さないとなると、かなり国の体制自体が揺らいでいて、激動の時期が来ているのかもしれない。

北の情勢に詳しい、S村教授なんかは、ちょっと前の週刊誌で、「金さんは既に死んでいる」といった、ある関係筋からの情報をうっかり?もらしてしまっていたが、個人的にはもう既に他界している可能性が高いと思う。

金家のメタボ一族だけが悪いといったレベルでは済まされない北の国家システムだが、将軍さんがお隠れしていても、すぐには公表できない国というのは、何だか悲しい。

戦時中の日本人の全員が天皇神権に盲目であったのではないのと同じように、北の国にも多くの眼の開いた方がおられると思うが、未だに国の体制を牛耳る金家と取り巻きが、何を意図して、何を守って、何を考えているのかが不気味である。

拉致問題の調査報告の締め切りにしても、我が国の首相が変わったからという理由で延期を主張する精神の壊れ具合というのは、人間業ではない。いい加減に誰かゴルゴを呼んでほしい。彼なら、金君の偽者がいるかも見抜くし、任務は必達であろう。

建国60周年というが、我が国の60年前はどんな時代だったのだろうか?

厳密に60年前ではないが、1947年の流行と流行語、ヒット曲を何かの本で読んで記憶している。

流行語は、「ゼネスト」と「ブギウギ」と「世直し」であったはずだ。

北の国が建国した年に我が国では、ブギーで踊る文化が生まれ、社会体制の矛盾に対して「ゼネスト」と「世直し」の気概があった。1人の人間が神格化され、崇められて国家が形成されるという、稚拙なカテゴリーは、既に日本でなくなっていた。

国によって時差はあるだろうが、我が国が戦後眼を開けた時から60年以上たっても、まだ今の体制が維持されているという国はある意味すごい。どう考えても、見た目も中身もカリスマ性のないメタボおやじが君臨できる国というものの実態を見てみたい。

興味深いのが、記憶が確かかはわからないが、1947年頃に我が国で社会問題になり、流行?にまでなったのが、「少年少女の家出」であったことだ。

家出が流行したということは、その中には行方不明のまま生涯を終えた人もいるだろう。戦後の混沌とした状況で、種々の理由で家出した少年少女、そしてそれを保護できるだけの体制がまだ構築されていなかった我が国の体制。

それが、北朝鮮による拉致問題の発覚が遅れることになる、皮肉な一因になっていたような気がする。まさか拉致とは思わずに・・・。

1947年の流行歌は「夜霧のブルース」だ。何だか意味深に感じる。

原爆を落とすような、無差別な終焉はしてはならないが、早く北朝鮮の支配体制が崩壊し、愚鈍な奴に国民が翻弄され虐げられる体制は終わらせなければならない。

今はただ、北朝鮮の金取り巻きの、自暴自棄の奴らが暴走しないことだけを祈っている。
そして正常な体制が北に訪れることを願う。

すごく大きく情勢が変わる時期にきているような気がした。

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