2008年9月17日水曜日

伏魔殿のならず者

麻生さんの言葉がまたまた波紋を広げた。

愛知県岡崎の豪雨災害で、「これが安城や岡崎だったからいいけど、名古屋で起きたら大変やで」といった主旨の発言に、案の定、岡崎市が噛み付いた。

死者も出ている災害に関しての発言としてはあまりに軽率であり、すぐに本旨を話して陳謝するべきだとは思うが、言葉狩りされて抗議文まで出すことかな?と思う。

「これが安城や岡崎だったからいいけど、名古屋で起きたら大変やで」という部分だけがピックアップされると確かに悪意ある読み方も出来なくはない。だが、時の総裁選に出ようとしている人が悪意丸出し発言するわけないし、演説の前後の流れを見たら、スルーすべき発言であるように思う。騒いでピックアップするほうが、被害者感情を刺激すると思う。

阪神大震災があった時、「早朝だったからいいものの、これが夕方の食事時に起きていたら・・・」といった論説がたくさんあったが、地名を出すのはまずいにしても、前後の文脈を見れば、麻生さんの発言も主旨はこれと同じであったと思うはずなのだが不思議だ。

総裁選、選挙時期になると必ず飛び出す失言であるが、失言にするのも名言にするのも、マスコミ操作次第で、時のメディア操作に長けた裏操作が世論を形成する過程を繰り返し見てくると、何だかむなしくなる。

言っておくが、俺は麻生さん支持者ではない。だが、麻生氏発言に反応してオフィシャルコメントを残す奴らのほうのショボさが目立つので、たまたま麻生氏を擁護する論調となるだけだ。

細かな言葉選びだけに長けた為政者が魅力的かといえばそうではない。自らの言葉で語りだしたら、主旨はどうであれ、必ずどこかに言葉狩り出来る部分が現れてくるのは仕方ないと思うのだ。

福田前首相に対してマスコミは、「何でも他人事みたい」と非難するが、言葉狩りする奴らに対抗するためには、お坊ちゃまの姿勢も致し方なかったような気がしないでもない。

目の付けどころによって色んな批判の矛先は出てくるものだ。そして、悲しいことに目の付けどころに対して、俺たちは恐ろしく受動態だ。与えられる情報が少なすぎて、切り取られた商品コピーで、どうにでも視点を操作される。

政治家の醜態を非難する前に、自らの眼の感度を省みてみる必要がある気がする。

子供の時には興味がない政治の世界が、大人になって興味が出てくる。この一般的な深層心理の根源は、単にワイドショー的なものに起因するのが現状だと思う。

正義の味方を標榜して揚げ足取りだけに命をかける野党、そしてそれに官僚コピペを見ながら答弁する与党との出来レース。

身近なところで起こっている、中間管理職と役員とのやり取りや、末端社員の上司に対する悪口や、痴話げんかや、妬み・・・、これらを見ているうちに、俺たちは茶番をワイドショー化して、安っぽい苛立ちをエネルギーに変える術を身につけてしまった。

だから、身近である同じ縮図の茶番劇を見ることは、俺たちにとって心地よい娯楽になりつつあるのだと思う。

水戸黄門が印籠を掲げると俺たちは気持ちが清々する。だが、光圀君もバリバリの良血世襲議員であり、全国行脚の道楽人である。悪を裁く以前に、日々の糧を自分で稼げ!という本質は置いておいて、傍観者たる勧善懲悪に魅了されるのが、一般ギャラリーたる国民のささやかな本質だ。

こういった前提で政局を眺めた時、民主党(社民党はエトセトラ)の親玉3匹の態度は、何だか悲しく映る。発言すればするほど、滑稽になる。

水戸黄門を非難する水戸黄門と同じような門戸違いの藩主を想像してしまう。

彼らの主張が本当であるならば、福田さんが辞めたあとに、「よく決断してくださいました。あなたではどうもならないと思っていたので、決断に敬意を表します。今から正々堂々議論を交わし、遅れを取り戻そうではありませんか。」と言うべきであり、「自民党総裁の決断に敬意を表します。我らの念願が叶ったわけだから、今から色々私達の意見を国政に挙げさせていただきます。」という発言があって当然だと思う。

そして、民主党内でも、党首をめぐる攻防があってしかるべきだと思う。鳩山君と菅君が小沢君で妥協するのは、優秀な若手議員から自分たちのショボさを見透かされている現況があるから、小沢君が権力を失ったら自分たちも道連れであることを憂慮してのバックアップであると思う。いや、ある。

自民党総裁に5人が出たら出たで非難し、出なかったら出なかったで非難する。福田さんが辞めたら辞めたで非難するし、辞めなかったらもっと非難したであろうし、彼らのやっていることは、アメリカ文学における魔女狩りのようなものであろう。それが気持ち悪い。

俺は特定のイデオロギーを持たない。だから個人的に支持したくなる人はいるが、特定政党にこだわりもない。ただ、近々あるであろう選挙で民主党に風が吹いたとする。その時に調子にのる親玉3匹の顔だけは見たくないというイデオロギーはある。

国会議員自体が悪いのではない。立派な志士たちが理念で邁進する我が国の政治システムも悪くはないと思う。

だが、内閣は伏魔殿だ。そして性質が悪いのが、伏魔殿に今いる人たちよりも、伏魔殿を目指して二枚舌を使う親玉が数匹、情勢を窺っていることだ。

政治家に期待している。だからこそ、伏魔殿の化け物たる素質を持った奴の舌を抜いてくれる閻魔の存在を請う。

2 件のコメント:

ラリー さんのコメント...

もうすっかり京都人なので直接関係ないですが、橋下知事の仕事に密かに期待していたりします。大阪が構造改革/財政再建/経済復興に成功するか否かって、日本国民にとって他人事じゃなくて、この国の腐った部分を取り除く大手術のモデルケースみたいなもので、今の日本の社会構造が果たして政治が機能するレベルの病状にまだ留まって居るのか、それとももうとっくに手遅れなのか、それを見極める上でひとつのモノサシとして凄く気になります(.. )。

管理猿まえけん さんのコメント...

>ラリーさん

同じくもうすっかり富山人で関係ないのですが(笑)、僕も橋下さんにはかなり期待しています。

腐敗を政治で取り除けるのか、ほんと未知数ですが、橋下さんのやり方は賛否両論あれど、あれしか方法ない気がします。同じ世代なのに、いい意味で鈍感力を持った知事に期待です。つぶされないか心配です。