2008年9月11日木曜日

保守・革新・ジャンル

定期的に食べるポテトチップスのパーケージをじっくり眺めてみる。
カルビー印のポテトチップス「コンソメ味」、定番中の定番だ。

ポテチだけではないのだが、カルビー印のポテチが1番顕著だから例に出すが、いつ見ても感心するのが、包装紙を頻繁にマイナーチェンジと更新をくり返しているな~ということだ。

パッケージの色合い、商品名のレイアウトなんかはほぼ固定だが、コピーが実に頻繁に変わっている。ワンシーズン食べなかったりすると、まず変わっていたりする(あくまで体験分析)。

今日買ったポテチには、表面に、「じゃがいも情報公開中」のコピーが書かれていて、裏面に全国の収穫時期が地図上に表記されていた。

それを見ると、北海道以外はほぼ収穫を終え、かろうじて北海道だけが、10月中旬までの収穫時期となっていた。

単純な地理的資料として見れば面白い。カルビーは、毎回趣旨を変えながら、色んな、じゃがいも情報を裏パッケージに載せるのが特徴だ。今回の収穫時期だけでなく、原料の品質管理の仕方、物流方法等、定期的に情報を変える。

たいしたものだと思う。さすが名門企業だと思う。

だが、素朴な疑問なのだが、これらのパッケージ変えが、売り上げの増加もしくは、昨対比維持にどれだけ貢献するのだろうか?

消費者の立場で考えてみる。

市場での安定的シェアがない、新商品なんかはパッケージの優劣が全てだと思う。奇を衒ってみることも、有益な販促活動だと思う。

次々開発されては消えて、なかなか定番商品になれない、カップラーメン、スナック菓子、チョコ菓子なんかにとっては、いかに、消費者に強烈なインパクトを与え、商品陳列棚から選びとってもらうかが全てであり、デザイン性、コピー力が会社の売り上げの多くを左右するのは当然だと思う。商品企画室、宣伝室は大手企業の重要部署だと思う。

だが、すでに市場で幅広く認知され、受け入れられている商品が、定期的にパッケージ変更することには、俺は無益感を持ってしまう。

例えば、ポテチのコンソメ味は、国民の限りなく全員が食べたことがあるであろう商品であるにも関わらず、定期的にパッケージを変える。

市場シェアに慢心せずに、常に戦い続ける企業姿勢を示すという面では大切だと思うが、核となる部分については、発売当初から変わらなくてもいい部分もあると思う。

勝手な推測だが、カルビーのポテチ商品企画なんかを管理する部署のトップは、全国的にみても高給取りのエリートだと思う。そんな会社のそんな部署のトップが、超定番商品のパッケージ変えをするのとしないのとでは、長期的にも短期的にもどれだけ売り上げに差が出るかの推測を、しっかりとした理念と確信を持って処遇しているのだろうか?というのが、いつも思う疑問だ。

その部署で一生懸命働く末端社員は、次々に出される商品の企画開発に携わらされているというのに、それらの業務に加えて、たいした確信もないままに、定期的に定番商品のパッケージ変えを部下に指示して、それを是とする上司や管理職というのは、果たして末端社員にとって、有益な上司であり会社の戦力なのだろうか?と思う。

素晴らしい商品と企画力の甲斐あって、市場に広く受け入れられた商品は、個人的には、どっしり構えていてほしい。サッポロビールがラガーの復刻パッケージを再発しだしたが、個人的には、復刻しないといけない、改変をなぜ過去に行ったかが疑問だ。

変わらない品質と、変わらないポリシーがあるならば、市場でのシェアを占めた後は、斬新な戦略はいらないと思う。パッケージだけにだまされるほど、消費者は馬鹿ではない。

カルビーばかり例に出して申し訳ないが、末端社員の労務に、コンソメパンチのパッケージの更新を課す暇と金があれば、もっと別の有益な使い方があるのではないかと思うのだ。

相変わらず、言いたいことの要点が文章力のなさに邪魔されるが、要は企業の中での上級職者の多くが、予算の分配、舵取りに本当に長けているかといえば、答えは否であると思うのだ。もちろん、常に社会の動向に敏感で、保守・革新をバランスよく舵取りできる人もおられるとは思うが、多くの人は、単に時世に乗って今の地位についただけの人であり、自分の裁量を過信して、部下に徒な労役を増やしているだけだと思う。

本当に、政治の世界を含め、多くの管理職が有能でバランスの取れた人であれば、この世の中のほとんどの問題は解決できていると思う。

一部の偉いさんを批判した、単なる下層市民目線からの意見となるのは本意ではない。俺はむしろ、この世の中の矛盾(無能が上の立場で有能が下の立場に多く見られる階層)を肯定する。

こんな階層だからこそ、世の中は面白く、色々な発想や感慨が市井から出るのだと思う。反抗姿勢を示してロッキンに、昇華出来ずにノイズに、価値観を転換してポップに、穏かな反抗をジャージーに、次元を変えてテクノに、超越してファンキーに、悲哀を抜けてブルースに、伝統を生理的に昇華してニューウェーブに、究極のプリミティブが輪廻してクラシックに・・・、音楽ジャンルに例えられる色々な思想が生まれて面白い。

ポテチの包装紙を見て大げさな・・・と思う。

だが、チキンと野菜で煮込んだコンソメ味は定番中の定番だ。どっしり構えたパッケージを見続けたいと思った。定番商品のパッケージ変えといった、意図のない革新は歌謡にも映らずに、流され浪費されるだけだと思った。

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