2007年12月10日月曜日

毛について考える

今日、生徒から、「先生~、髭が生えてきとらんけ? ちゃんと剃られ!」とのアドバイスを頂いた。

実に嬉しい。一種のクレームであるが、生えていることを指摘されたのが初めてで、実に嬉しい。

俺は昔から、毛が薄い。髪の毛は、小学校の時には、「お前禿げるで」って言われていた始末であるが、俺は、頭髪が禿げることには、全く恐怖がない。むしろ、頭髪は今でもしっかりあるし、線が細い分、いつもペタペタで、髪がなびくとデコがびしっとライトアップされるため、ふさふさには思われないが、デコの広さに起因するもので、頭髪の量自体は、幼少時から減っていない。

元来の不潔ゆえ、、頭皮をしっかり洗うことが少ないため、毛根はとってもオイリーで、毛穴は呼吸が出来ないはずであるが、よく育ってくれる。

俺の母方の爺さんは、伊藤博文みたいな、正統派ズル剥け体質だったので、今に、俺にも裁きがくるのであろうが、俺にとっては全く怖くない裁きだ。有罪が禿を意味するならば、俺は喜んで博文ヘアーを選ぶ。

俺がコンプレックスを感じているのは、髭と、チャリ毛(もみ上げ)が人並みに生えないことだ。

別に中東のウサマ君や、「アルプスの少女ハイジ」のおんじほどの、耳から全て繋がるほどの毛量を欲してはいない。毎日、髭剃りを当てなければならないほどの髭の発育を求めているだけである。

チャリ毛も然りである。別にエルビスほどのベルボトミーなチャリ毛までは望んでいない。
チャリ毛の位置を触った時にチクチク感があって、ラインが出ていれば良いのである。

俺の髭は、1週間に1回、毛抜きで抜くほどで無くなる。毎日剃ろうにも、2日連続で剃刀を当てようものならば、生肌を直撃する。血まみれの刑、必至である。

チャリ毛にいたっては、産毛も生えていない。ダミーな垂らし毛で、耳下のラインを整えているが、これも風になびくと、「深剃りテクノ」である。実にかっこ悪い。

脇の毛も、ジュニア周辺の毛も、胸毛も オイド毛も同じく、手入れをしている人より薄い・・・。
そのくせして、眉毛だけは両津勘吉並である。油断をすると繋がる。毛の分布バランスの悪さは浅草なみである。

俺の死んだ親父は、熊みたいに全身真っ黒だった。俺は彼からは毛に関する遺伝子を引き継いでいない。引き継いだのはアレルギー性鼻炎だけだ。毛は、博文から引き継いだ。素晴らしき遺伝の過程だ。

毛量が多くて悩む人もいれば、薄くて悩む人もいる。俺の場合は、人並みに欲しいというだけで、贅沢を求めているわけではない。悩みというよりは、願望だ。

頭髪にしても、他の毛にしても、デリケートな問題で、軽々しく述べることではないのかもしれないが、
植毛産業の社長が、豪邸を立てる時代である。今のところは頭髪だけだが、俺はチャリ毛を植毛出来るならば、一度してみたいと思う。

leave 「去る」という動詞を中学で習う。
leaf 「葉っぱ」という名詞を、多くの中学対象の教科書が載せている。複数形は leaves である。
believe「信じる」という動詞を中学で習う。

「リーブ(reve)21」って社名か商品名は造語だと思うが、俺は、生徒にこう教える。

「毛が去っていく(leave)。そのままだと、そこは枯れ木の賑わいだが、手当てをすると葉が生えてくる(leaf)。徐々にふさふさになる(leaves)。信じるってえ~やろ(believe)」てな具合だ。

これだけ見ると、なかなかにセンスのいいネーミングだ。だてに、姉御やリーゼントをCM起用していない。需要はあるのであろう。「芸術的な自然」の社名よりは、悩み無用の期待感がある。

しかし、俺は「reve」 という造語からは、別の単語も連想する。reveal という単語だ。高校生で習う。「さらけ出す、暴く」という意味だ。

辛らつだ。ブラックジョークだ。悩み無用の状態にさせて、暴くのだ。さらけ出すのだ。上げて落とす・・・。アキコとシンスケの得意技だ。

どこまで意図したかは知らないが、CMのメロと含めて、なかなか粋ではないかと思うのだ。

俺の髭が少し存在感を示したことが嬉しいのだ。髭密度が高くない分、定期的に抜かないと、一本一本が存在感を示し、マジックで落書きをされたみたいな髭姿になるので、週1の毛抜き作業は行うが、
少し、密度を高めてきた気はする。チャリ毛の誕生もあきらめてはいない。

明日は誕生日だ。18年をひと区切りに考える俺の中で、人生の第3期を迎える。その前日に考えたのは、毛だ。悩み無用の日々が訪れる予感を感じながら、「去る」。

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