2007年12月14日金曜日

天童と戯れた物語

前の会社の話である。塾業界では、非常勤が多い。今の俺の働く塾でも非常勤を1人雇っている。

非常勤なるものを使って月謝を頂くことは、本来は好としない。うちも、来年度には専任講師のみで、回していける時間割を組むが、大手になると、どうしても非常勤に頼らざるを得ない状況が生まれる。

1人の専任講師がどんなにフル稼働したところで、塾の授業は夕方からである。中学生以上の授業を開講するためには、一日3コマが限界である。3コマ自体が、無理があり、だいたい中高2コマと小学1コマが日々の物理的制限だ。その中で、生徒数が増えるほど、1つの学年のクラス数が増え、必然的に指導科目数が減る。

例えば、英語と国語を中1から中3まで1クラスずつで展開できる生徒数ならば、3日間で足りる。1日2コマずつで良い。しかし、上記学年が1クラスずつで運営しているようでは、塾経営はなりたたない。
開校半年ちょっとの我が塾でさえ、中1が2クラス、中2が1クラス、中3が3クラスである。この時点で12コマ、つまり、6日間確定である。

うちは、高校に隣接しているので、高校生のコマを、17時から開講できるので、1日3コマ組めるため、中・高と担当できるが、この先、生徒が増えたら、どうなるかわからない。学年枠を取っ払ったレベル別クラス編成も考えているが、まだ思考段階である。

英・数・国だけの開講で良いならば、なんとか時間割を組めるのだが、中学生の社・理、高校生の古典・物理・化学等の科目も需要がある。そうなると、非常勤の出番だ。

非常勤にせずに専任で雇えば良いじゃないか?という疑問がわきそうだが、社・理・古典・物理・化学に関しては、需要を考えたら、学年も受験学年の少クラスだけに限られる。おまけに、上記の強化を全て1人で指導出来るほどの人材は少ない。そうなると、週あたりの担当コマ数が、主要教科と比べて少なくなり、とても、専任に出来る需要がなくなる。

大手は、色んな校舎を移動させて、少ない講師で需要をまかなうが、個人塾の場合、コマ数が少ない人を専任に抱えるほどの余裕は無い。そこで、やはり、非常勤の出番だ。

俺が出会った非常勤は、概して非常に優れた人材が多かった。非常勤をバイトとして割り切っていながらも、責任感と生徒に対する親愛の情を持っていた人が多かった。良い非常勤の条件である。
教科に対する専門知識よりも、人間としての懐の深さがある若者は、概して生徒受けも良く、指導技術も格別に上手いわけではないが、気持ちが伝わるのでクレームは無い。

しかし、ひどいのもいる。ひどいのに限って、自信満々で、教える仕事を将来の生業に企んでいる学生であった。彼らの特徴は、視野が狭く、非常に薄っぺらい。

20歳前後の若者が、受験問題が解ける解けないのレベルで悦に入り、年下の後輩に勉強が出来るということだけで、尊敬の眼差しを得ようとするものだから、とにかく痛い・・・。
「俺はどんなにすごいか、今は、たいした大学に行っていないけれど、頭がいいんだぜ!」といったアピールがひどいのである。俺の前だけでしてくれるなら、右から左へ受け流すの刑で済むのだが、生徒にアピールしたがる。実に痛い。

前の会社では、痛い非常勤でも使わなくてはならないぐらいの人材不足であった。痛いは、おだてには弱い。俺は、生徒からの多少のクレームは、他科目でカバーすることを誓い、痛い非常勤(21歳)に通常授業を任せたことがあった。

彼はいつも自信満々で、毎回授業が終わるたびに、「僕の今日のプリントやばいっすよ。こんなの他塾ではありえないです。(※注: やばいというのは、「すばらしすぎて怖い」という意味である。)といったことを俺に言ってくる。また、「すみません。前のA中の期末テストの問題、ほとんど当ててしまいました。長期的にみたら生徒のためにならないっすよね~。」と言うこともあった。生徒が当てたであろう問題に対して得点していなかったことには、ここでは触れない。それに、当てたのであれば、謝ることではない。奴らの「すみません。」は、根拠のない、自信のアピール開始の合図だ。

俺は、若気の痛さに対して寛大だ。俺は、彼にこう言う。

「さすが、~君やな。君がおったら、この塾も怖いもんなしやで。今後もよろしく頼みますよ。
それにしても、~君は、頭が良いよな~。俺なんか、アホ丸出しやで。羨ましいわ。きっと中学、高校とエリートやったんちゃう?」と、適当なことを言って、奴らを悦に入らせ、早く気分良く帰ってもらおうとする。

俺が心にもないことを言うのを、軽薄な社交辞令と見抜く眼力があるような奴であれば、すぐに会話は終わるのだが、彼らに限って、間に受ける。俺の軽薄セリフにも罪がある。しかし、俺は若い頃から、大人の自分に対する評価の本気度は、本能的に察知し、至らぬ部分を、なにくそ! と励みにしてきたので、奴らの感違いのツボがわからない。

若気の至り君は、俺の「帰れ」の合図である、社交辞令を真に受け、さらに、俺に物語を聞かせる。

自称スーパーエリート、天才の名は町内でも有名で、地方の並大学に通う今も、教授からの注目度がすごく、おまけに、スポーツ万能で、女もたくさん泣かしている。コンピューターを初めとする知識も優れていて、今は税理士の勉強もしている。海外の新聞を毎日読んでいて、語学は堪能だ。

実に素晴らしい自慢である。さらに彼は続ける。(    )は俺の心の中のツッコミだ。

「俺、太宰好きなんっすよ。ていうか、俺日本語の素晴らしさを太宰から教わりました。まえけん先生も読んだほうがいいっすよ。彼の文章は悲しいっすよね。(え??)」

俺は、太宰の文章を悲しいと思ったことはなく、ユーモアしか感じないので、この話題がきつかった。
しかし、軽薄にさらに返す。 「~君は、日本語能力がまず、素晴らしいもんな~、俺の代わりに英語と国語教えるか?」

彼は返す。「あ、いいっすよ。ていうか俺、今の子に(お前もや!)国語って一番大切にして欲しいんですよね。俺、今やから言いますけど(いつでも言ってよい、今を選んだ理由がわからん!)、実は文系科目では東大狙えたんですよ。(どう間違ってここにおるねん!)」

俺は面白くなってきた。彼に若気の至りフルコースを味合わせてあげようと思い、仕事をしながら、数々の美辞麗句をおつまみにして、彼にふった。至れり尽くせりである。

「東大?? すげ~、俺に色々教えてや。高校の時からそんな凄かったん?」

彼は答えた。「地理は模試で全国一位とったっす。高校でも、教えることはないって先生に言われていたっす(見切られたのよ!)。ていうか、(どんな逆説じゃ!)俺の親戚は、県内の実力者が多くて、政治家に担ぎだされるかもわからないんっすよ。(行け行け~!)」

分裂気味の彼の話は続く。ひたすら自爆の道へと向かいながら・・・。カウントダウンは勇み足だ。

「俺、自慢みたいで嫌なんっすけど(ならすんな!)、まえけん先生やから言いますが、小学校の時から天童って言われていたんっすよ。勉強できて、サッカーも代表になるくらいで(小学校のね。12人中11人目に入ったんやな)、おまけにこの家系でしょ(俺はお前の家系を知らん)。つらいっす(つらい時は笑わず泣こう! お前の今の顔、。( ̄ー ̄)ニヤリッ   やんけ!)」

俺は、彼の長い話にうんざりしていたが、最後のセリフを聞いたときに、付き合った甲斐があったと思った。神童という言葉は知っていたが、天童は知らなかった。よしみか!珍島物語か!

こういう珍ドンと接点をもてるのも、塾業界の楽しみである。若気の至りにしては、海も割れんばかりの破壊力だが、どうせ、大海が彼を淘汰するであろうから、今は、珍島が繋がる日々を心待ちにしていてください。

俺も若い頃は生意気で、痛かったんやろうな~と思っていたが、俺の若気の至りなんて可愛いものだと思えるひとコマでした。よしみ! ありがとう。 

4 件のコメント:

NEWEN.LIWEN さんのコメント...

hola esta muy bueno tu blog amigo ,,,www.newenmapu.blogspot.com

管理猿まえけん さんのコメント...

Are we probably the friend?

Absolutely not.

Now, as for me Spanish friend is not needed,the right to choose the friend in me.

Please get out of here if you are mankind,or else I'll forbid you to enter my place.

みや さんのコメント...

また変なのが紛れ込んだみたいだね。コメントの制限(ニックネームが英数のみだとNGとか)の設定があるのなら使った方が良いと思うよ。このブログ楽しみにしているので。

天童は笑えます。ただ僕も音楽に関しては呆れるほど自信家なので、ちょっと若気の至り君の気持ちが解ります。まあ、現状と理想のギャップを自慢することでしか埋められないのですよ。僕自身も反省 反省。

管理猿まえけん さんのコメント...

>みやさん
ご教授ありがとうございます。早速コメント制限調べてみますね。
みやさんの話に、自慢の香りや痛さは感じないですわ。色々教えてもらったし。僕自身が一番傲慢かも?