2008年6月7日土曜日

ピースおじさん



「何も言うな! お前の言いたいことはわかっている!」


相変わらず素晴らしい絵だ! 遠近感を排した前衛アート(幼児風味)だが、絵の秀逸さについてのコメントはよしてほしい。褒められるのには慣れている。

この絵の中でチャリに乗りながら、ピースをしているおじさんがわが町に実際にいる。
人は彼を「ピースおじさん」と何の工夫もなく呼んでいる。

ずっと前から我が家の近くのダンボール屋で働いていて、近隣住民の間では馴染み深いおじさんであったようだ。

何でも、人とすれ違う時に必ずピースをする。そして、そのピースを相手が無視したら、
「あんや~~~~~! あんみゃ~~!」と雄たけびをあげるらしい。

嫁は、初めておじさんに遭遇した時、目を逸らしたらしい。すると、例の奇声を上げるだけでなく、追いかけてきたらしい。

言動だけを見ると単なるアッパー変質者なのだが、どうやらそうでもないらしい。
しっかりと彼のピースを見て、微笑みかけると、実に穏やかな表情で会釈してくるらしい。

俺は見たくて見たくてたまらなかったのだが、彼の活動時間帯との周期が悪く、なかなか遭遇できずにいたのだが、先日、ついに見ることが出来た。

大通りの交差点、車で信号待ちをしている時に、右側から強烈な視線を感じた。横断歩道は青、それを渡るでもなく、歩道にチャリを止めて、それにまたがりながら、すごい形相で俺にピースをしている御仁がいた。

「ピースおじさんだ!」俺は感激のあまり、呆然とした。彼と目が合った。

最初に目を逸らしてしまった俺が悪かった。おまけに、少し微笑んでしまったことが彼に火をつけた。

「ピースおじさん」は、「うわんみゃ~~~~~! みゃあれいってうわんが~!」と叫びながら、点滅し出した歩行者用横断歩道をちゃりでこちらに向いて走ってきた。

「まずい、逃げなきゃ!」と思ったのだが、おじさんは凄い形相で俺の前を通り過ぎて、彼方へとこぎ去っていった。俺に雄叫びあげたんちゃうんかい!

彼の視点ははるか先の時空を見ていたのだろう。

こんなピースおじさんが生息する我が町内とは、15キロほど離れた所に住む生徒がいる。

先日、授業の中でどんな流れでそうなったのかは忘れたが、「ピースおじさん知っている?」と聞いてみたことがあった。

即答で、当然のように、「先生も知っとるが?」と聞き返してきた。彼女達の「ピースおじさん」にまつわる話しはもっと強烈だった。

彼女達が住む所の最寄りの駅前に「ピースおじさん」がいたらしい。彼女達は、そこから2駅の、俺が住む家の最寄り駅まで行く予定だったらしい。

駅前で道行く人にひたすら、ピースをくり返すおじさん、誰もが無視していたのだが、おじさんは雄叫びを上げなかったらしい。無視される人数が多すぎて、さすがの「ピースおじさん」も怒りの向けるところがわからなかったのだろう。少しかわいそうなおじさん絵巻だ。

ところが彼は負けない。

生徒達が2駅目の目的駅について、改札を抜けたとき、なんと目の前に「ピースおじさん」がいたのだ。ちゃりにまたがりながら、今度もピースをくり返していたらしい。唖然とした彼女達は驚きの表情で彼を指差したらしい。中には笑うものもいたらしい。
しかし、おじさんは、彼女達の視線と嘲笑と驚きに、いたく機嫌を良くしてその場を立ち去ったらしい。

彼女達が電車で移動すること2駅、15キロ、いくらローカル線とはいえ、時速もそこそこあるだろう。

「ピースおじさんは昔、競輪選手だった。」
「ピースおじさんは電車の上につかまって乗っていたらしい。」
「ピースおじさんは双子だ。」
「ピースおじさんが荷台に自転車を載せて車を運転しているのを見た。」等々、数々の目撃談と諸説が飛び交い、彼女達の中学でも話題になったらしい。

俺もいたく彼に興味をもっている。彼の奇怪な言動の源は何だろうか? 彼の生態系はどうなっているのか? 

彼のピース、それは虚栄心に満ちたVサインなのか、それとも平和を希求する啓蒙活動の一環なのか? 新しい宗教家か?

また、彼と同じ言動のおじさんは他の町にもいるのか? アッパー部族の生態系を動物学的に研究したい。今度会ったら、直撃取材をするつもりだ。彼に洗脳されて俺がピースばかりするようになったら、上記の絵を俺の前でかざして欲しい。魔力は解けるはずだ。

現時点では彼にピースマークを送る。

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