2008年12月18日木曜日

免許更新

今日は免許更新に行ってきた。

俺は過去5年間に2回の交通違反があったので、残念ながら、2時間講習の半日拘束であった。

前回の更新時の記憶と比べて、何も変わっていなかった。コンピューター時代の本格化により、事務処理は病院などでは、かなり迅速化されているのだが、平日にも関わらず、愚鈍な事務処理が目に付いた。

任意で払う、交通安全協会の窓口への誘導であったが、昔ほどのいびつな誘導はなくなっていたものの、印紙を払う窓口担当が、交通安全協会の窓口番号を言って、「4番にお進みください」と言うのは、何だか悲しくもあった。

交通安全協会の窓口で、俺は金を払ったが、窓口職員自体が、なんだか申し訳なさそうな態度であり、払う側も気が滅入った。

払わそうと必死に誘導しながらも、払う段になったら申し訳なさそうということは、基本的に、この団体の存在意義自体が怪しいと思う。

反射ベストを作ったり、啓蒙活動をしたり、色々しているみたいだが、天下りの巣窟である実態に変わりはないだろう。

何に違和感があるかといえば、正規の免許更新印紙を払う窓口の職員人数より、交通安全協会の窓口人数の方が多かったことだ。パートのおばちゃんの寄せ集めみたいであったが、人員配置は明らかにおかしいと思った。

免許更新のための講習部屋に行った。

講習教官は、癖のある人だった。身振りが手話かと思うほど大仰で、声の抑揚は歌舞伎みたいであり、自己アピールの強い初老のおやっさんだった。

俺は、本音を申せば、はっきりいって免許を更新するために、仕方なくクリアすべき登竜門であり、何の意欲もなかったのであるが、教官が、やたらハイテンションで講義するので、それなりに敬意を表して聞いていた。

お決まりのビデオを見さされたが、交通事故を一昨年にした身としては、忘れかけた緊張を取り戻す瞬間でもあり、改めて交通事故の恐怖に対して思いを巡らせ、厳かな時間を過ごした。

免許更新は、希薄になった安全意識を再確認してくれる、いい機会だとも思いながら、癖のある教官の、決して心地よくはない講義に耳を傾けていた。

周りを見渡すと、ビデオを見ている最中に寝ている奴や、携帯が鳴り出す奴や、瞑想にふけっているやつばかりであり、正直残念であったが、「こんなもんやろ?」と思っていた。

今日の教官は、運転手の気の緩みを許さなかった。寝ている奴に、「あなたには免許は渡せません。眠たいならどうぞ寝てください。でも免許の更新は、明日以降にしてください。」と毅然とした態度で言い、彼を追い出した。

正直、教官の講義は自己アピールが強すぎて、鬱陶しくもあり、嫌悪を抱いた部分もあったが、俺は当たり前のマナーとして、彼の目を見て講義を聞いた。だが、ほとんどの奴はひじをついて、やる気のない空気である。

少し教官に同情する気持ちもあり、俺は、いい加減な態度で講習に臨んでいる奴に腹がたった。

免許更新の講義をする人たちというのは、警察業界の、世間一般的な出世ルートからみたら、かなり外れた人であると思う。左遷か天下り、もしくは登竜門的な部署だと思う。

そらそうだろう。毎日同じ説明を繰り返し講義する労力にも関わらず、敬意のない冷めた視線が彼らに突き刺さるのである。モチベーションが強く要求される現場である。

個人的な意見だが、今日の講師を俺は好きではない。だが、彼の講義ぶりは、決してルーティンワークではなかった。そこに敬服した。

毎日、ほとんどの人間が、たいして高い興味を示さない現場で、交通事故撲滅を真面目に願い、その願望、信念に基づき、熱意のベクトルを下げない教官の熱い気持ちには、人間として一目を置かないわけにはいかない。

警察世界の出世ルートからは外れた人であると思うが、安全マナーに対して強く自己の正義感を持たれた彼を素晴らしいと思った。日本男児だ。

教官に限らず、毎日同じような内容の仕事を、温度差を変えずにできる人の、人間的な清さ、純朴さ、そして強さを見習いたいと、本気で思った更新日だった。

3年間のスパンで、免許更新を許可された。もう1度、安全運転について、真面目に向き合いたいと思った。

0 件のコメント: