2007年10月25日木曜日

緊張まみれの凧あげ

ライブがあと2日に迫った。富山県の片田舎の福野という片田舎でやるライブだ。バンド全員でのリハも1回だけ、全2時間で、8曲を演奏する。チープとかぶっている曲は「うつせみ」だけだ。
音源を事前に聞かせたわけではない。その場で歌詞カードとルート音だけの音名を記入したメモを渡して、2テイクで曲を仕上げ、それを生録りしたものをメンバーに配るだけだ。

無謀だ。上手い演奏が出来るはずがない。チャージをしっかり取るにも関わらず、極めて無謀なライブだ。

しかし、来てくださるお客さんに失礼であるとは思っていない。全身全霊をかけて作った曲を、全身全霊でやるのだ。最上の出し物だと思ってやる。

バンドを続けて、ライブ回数を積み重ねてくると、とかく、1回のライブに対する思い込みが減少して、沁みる演奏をこなすだけのソウルを持てないで臨む危惧がある。いや、あった。月に数回のライブを出来る環境にある時は、1つのライブに対する心構えが、単なる巡業のひとこまになっていた気がする。

幸か不幸か、富山に移住してからの10年近くは、ライブが少ない。特に、ここ2年は半年に1回ペースだ。チープフルメンバーでは3年近くライブをしていない。だから、1つのライブに賭ける思いは尋常でない。それは、中高生が学園祭の出し物を練習する気持ちと同じである。

メンバー全員が、1つの得体の知れない破片を掴む思いがある限り、ライブの音圧は高まるのだ。
チープでない、別バンドでのライブは、メンバー間の温度差がある。しかし、今回のメンバーは、飄々としながらも、俺の掴みたい破片にゴルゴ13並みの射撃をしてくれるものと思う。

俺は歌詞を間違えることが極めて少ない唄い手だと自負している。歌詞はコード進行以上にデリケートだ。言葉は紡ぐものだ。言葉の音の断片を拾って糸にしたものだ。どこまで続くかわからないし、どこで切られるかわからない。そして、切ったところ同士がどこかで結びつくかもしれない。繊細でぶきっちょで、最終形を見ないものである。しかし、紡いであるのだ。張り巡らせた糸がよじれないように、工夫を重ねる。殆どの詩が一筆書きで作られるが、それは思いつきではない。日々の紡ぐ作業が音となって現れた結果にすぎない。それを思い出さないと歌えないような状況があって、おまけに歌詞を間違えるようであれば、その詩は紡績工場の不良品だ。野麦峠に失礼だ。

俺はライブ前は、テンションがあがる。尋常ではない。テンションの上がった糸が空気抵抗にあい、ブルブル音を立てる。切れてしまうかもしれない。糸先についた凧は行き先がわからず地上を鳥瞰している。

凧あげをしたい。近頃は空き地が少ない。障害物も多くある。ナイロン樹脂の切れない糸も多くある。しかし俺は、生糸をよって、紡ぎだした、最高に純度が高く、もろい糸で凧あげをするのだ。

俺はテンションが高い。テンションが上がると大げさになる。しかし嘘はない。ライブ前に糸が切れないようにテンションをコントロールしたい。放たれた凧はアナーキーだ。糸が重要だ。

テンプテイションズを聴こう。 いや、だめだ、俺が欲しいのは「誘惑」ではない。「緊張」だ。
また、駄洒落を言ってしまった。合っているのは「テンション」だけだ。

これじゃゲイラカイトだ。俺は和凧をあげる。テンションを維持して完読してくださった方に感謝する。

2 件のコメント:

ふれでぃ さんのコメント...

チープ以上に無謀なリハ&ライブスケジュールやね(^^;)

ライブ後の感想を楽しみにしてます。
ワシは資格取得の試験日ですわ(T_T)

管理猿まえけん さんのコメント...

いやいや、今はまだ、歌詞カードとコード書いていくからましやで。
チープやと、体の動きと長島用語で曲が出来るからな~。今になって素晴らしさ感じてます。

資格試験は、ふれでいは頭いいから大丈夫やろ?俺は興味ない語彙は脳みそが爆破するからあかんわ。健闘祈る