2008年5月5日月曜日

しまっていこう!

わが職場は、甲子園出場を最近果たしたことがある進学校のグラウンド横にある。
休日にはそこで野球部の練習試合が毎回のように行われていて、2階の窓からゆっくり観戦できる。

大人は、息しているだけで疲れるような暑い日でも、若人は元気はつらつオロナミンである。俺も高校野球児だったので、彼らの情熱としんどさと喜びは体感済であるから、いつも興味深く感慨に浸りながら、仕事の合間に見ている。

今日も世間はGWで休日。いつものごとく練習試合がなされていた。1人すごく目に付く子がいた。俺は彼の一挙一動を目で追った。

野球部の部員は、高校生とはいえ、体つきはでかく、成長が早い子がほとんどだ。野太い声を出し、すでにおっさん面の域に達した子が多い。

ところが俺が目をつけた少年は、背丈も小さく、マンガ「キャプテン」の五十嵐みたいな顔つきをしている。野球センスあふれる奴に多い顔立ちなのだが、その少年は五十嵐君からセンスを奪ったような奴だった。

1番悲しいことに、彼は声変わりをしていなかった。他の部員の野太い声が、「ナイスボール」、「いいよいいよ!」、「オッケ~」、「ワンナウト~ワンナウト~」と飛び交う中に、彼の黄色い声が重なってくる。ハーモニーはない。サブちゃんにメロのないオペラが入ったような感じだ。大阪府警の暴力団のがさ入れに、おばちゃんの悲鳴が重なった感じだ。

彼は実に小生意気なことを言いやがる。攻撃中には、「ピッチャ~びびってるよ!」とか、「打ち頃打ち頃~」とか言う。全然説得力がない声圧で、彼は一生懸命憎まれ口を叩く。「牽制下手だよ~」、「カーブすっぽ抜けすっぽ抜け~」・・・。

守備についている時には、「バッタ~びびっているよ」、「振り遅れ~振り遅れ~」、「ランナー、リード小さいよ~」、「打つ気ないよ~」、「ピッチャ~勝ってる勝ってる~」といった具合だ。敵チームにしてみれば、結構ピクピクくることを言う。

彼は気の毒な星に生まれたに違いない。彼が憎まれ口を叩くと、かなりの確立で発言内容が実力行使で覆される。

「ピッチャ~びびってるよ~」と言えば、味方が三振に取られる。「ランナー、リード小さいよ~」と言われると盗塁を決められる。「振り遅れ~振り遅れ~」と言うと、センターオーバーを打たれる。「打つ気ないよ~」といえば、ショートの彼のところにボールが飛んできて、彼はトンネルした。打つ気は彼を貫いた。

だんだん彼の士気が下がってきた。5回くらいからは、「いいよ~、いいよ~」しか言わなくなった。おまけに彼はデッドボールを食らって出塁し、ランナーになった後、味方のゴロを体に食らう。星が悪すぎる。

士気が下がっていた彼、これではいかん!と思ったのだろう。少しずつ元気を取り戻し、8回の守備で味方にゲキを飛ばした。「しまっていこうぜ~!」

ちょうどその時、監督からの指示がグラウンドに響き渡り、彼の声はかき消された。声がかぶって、声量で負けた彼、しまっていけなかった。

彼のチームは屈辱的なスコアで負けた。それでも彼は試合終了後の整列挨拶で、元気一杯「ありがとうございました」を叫んでいた。少し噛んでいたが・・・。

実に哀れで健気な彼に、なぜか目が釘付けになった試合観戦だった。試合後たくさん説教を監督からくらっていたが、素晴らしい姿勢で「はい」をくり返す。実に清清しい。

野球部という集団は、体育会系といわれる上下関係の見本のようなものだ。大人になってからも過度にこの体質を維持されると、ちと苦しい部分もあるが、今の上下もくそもない風潮では、貴重にも感じた。
俺の目を奪ってくれた彼の今後を応援したくなった。しまっていこう!

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