2008年5月8日木曜日

今時の修学旅行事情批評

中3生のほとんどは、今の時期(4月末~5月中旬)に修学旅行に行く。
塾においては、毎年この時期には振り替え授業設定が発生する。面倒くさいが仕方ない。中学生にとって、修学旅行は大きなイベントであり、最高の思い出になるだろうから・・・。

と、ずっと思っていた。でも中学を卒業する子供たちに「中学時代の思い出は何?」と聞くと、修学旅行を挙げる子は少ない。ほとんどが、最後の運動会か文化祭を挙げる。
たまたま、直近のイベントを挙げているのかと思うと、そうでもないようだ。

修学旅行から帰ってきた子供たちに、「どうやった?」と聞くと、「疲れた。」との声をよく聞く。目を輝かせて見てきたことへの感動を話す子は少ない。運動会、文化祭の後には、鬱陶しいくらい話してくれる子が多いが、修学旅行に対する思いでは、総じて低いみたいだ。

自分自身の修学旅行を振り返ってみると、中学時代は長野の戸隠で一泊し、翌日は白馬に移動して一泊、泊まった旅館の名前、内装、世話をしてくれた学生バイトの顔、彼が話した性なるトピック、飯に至るまで、かなりのことを覚えている。

見るもの全てが新鮮で、行き帰りの道中も興奮の連続だった。大人になって、戸隠、白馬方面に何回か行ったが、修学旅行当時と変わっている部分と変わっていない部分を確認し、感慨にひたることがある。

白馬から松本に向かう道中、道脇の中学校で体育の授業をしている生徒に向かって、観光バスの窓から、「へたくそ~~~、ひゅーひゅー!」とおちょくりを一発かましたら、その体育の先生が、なんとバスめがけて走ってきた。片側1車線ずつの細い道、信号も多くあり、3分後の信号待ちで、その先生がバスに乗り込んできたことがあった。

「おたくの生徒の中に、わが中学を侮辱した生徒がいる。」とのクレームをわが担任につきつけ、犯人探しをされた。犯人も何も、車内で大声出した瞬間に、担任につるし上げられていた俺は、前に引き出され、2回目のつるし上げ!公開びんたをくらった。後悔した。

俺はその街道を懺悔街道と呼んでいる。そこを通る度に、心で謝罪をくり返す。もう侮辱はしない。

たまたま懺悔の思い出を挙げたまでで、楽しい思い出は数多くあり、修学旅行は俺にとってかけがえのない行事だった。だから、今時の子供の修学旅行に対するローテンションが不可解でならない。

その原因を2つ推測している。①団体行動の希薄性 ②好奇心の早期摘み取りだ。
②については、ヴァーチャルの過剰摂取が現実への眼を曇らせるという弊害で、これは別トピックになると思うので、ここでは触れない。①について、女々しく噛み付きたいと思う。

① 団体行動の希薄性
驚いたことにわが住む町の全ての中学ではないのかもしれないが、実に奇怪な修学旅行日程が組まれている中学を多く確認する。1日目こそは団体行動(といっても、移動や大きな施設内で放し飼いするだけだが・・・)だが、2日目からは3つの選択肢が与えられていて、小グループによる電車、タクシー行動だそうだ。

この選択肢がすごい。大阪で1泊した後、翌日には、名古屋と京都と神戸のどれか好きな所に行くことが出来るというものなのだ。移動は電車で、その後は班別で、ガイド付きタクシーでの行動だ。タクシー行動自体は昔からあったが、京都市内なら市内の中での行動だ。それならば、だいたい行くところは同じであり、タクシーへの分乗というだけで、団体行動の絆は維持される。先生方も細かく配置され、学校行事として機能する。

ところが、先生方もこれだけ選択肢が広まれば随行するわけにはいかない。旅館で待機名目の休憩か、自らも観光に出かけるのだろう。

自分の体験を今になって振り返ってみると、引率される先生方の苦労は並大抵ではなかったと思う。ほぼ全てが、400人ぐらいの団体行動であり、他中学を見ては喧嘩を売るもの、売られるもの、群れからはみ出す渡り子、公衆道徳を逸脱した問題児童、それらを見事な連携プレーで裁いていたのだから、たいしたものだと思う。

それにひきかえ、今の行程は楽だ。電車に乗せて、後はタクシー運転手におまかせ! 元気な老人向けのような旅プランを生徒に与えるのだから、引率の苦労は軽減されているだろう。

今の子には団体行動力がないからこのようなプランになるのか、このようなプランを与えるから団体行動力がいつまでもできないのか・・・。どちらにせよ、これじゃグループ小旅行の思い出であり、中学校という組織に在籍した時代を代表する思い出にならないのは頷ける気がする。

そして、めちゃくちゃ腹立たしくて、濃縮ジェラを感じたことがある。今時の修学旅行、聞き取り4中学校で、4中学校全てが、ホテル泊まりだというのだ・・・。ツインでっせ!朝食はバイキングだと・・・。簡保旅行か! なめていやがる。俺たちおじさんは、収容人員6人の部屋に8~10人すし詰めされて、ハムと葉っぱと生卵といった餌で満たされていたというのに、バイキングだあ??! 寝ていたら友人の足が顔面に触れていたり、それぞれの体臭が合わさり、発情前の獣臭が部屋を包む。臭いが記憶の色彩を頭に送り込む。修学旅行は素晴らしかった。

ツインルームで1対1の語り合いは、大人になってからでよい。恋人との対話、親友との対話、ある闇取引、何度でもこれから機会が訪れるだろう。修学旅行の夜にツインは似合わない。大部屋にぶちこむべきだ。

小集団を統率する者、統率される者、虐げる者、虐げられる者、群れから気配を消す者、群れに異臭を持ち込む者、1人1人の日々の歯磨き、洗面などの何気ない生活行動のペースや様式に自分とは異なる部分を発見し、他者理解の基礎を作るためには、大部屋収容が最適だ。

俺が、カプセルではないシティーホテルなんてものに入ったのは、新婚初夜が最初だ。館内設備が新鮮で、わけもなく館内を徘徊し、不審者ごっこをしたものだ。それを今のガキはガキは・・・・。いじいじ、妬みに動かされた今時の修学旅行事情批評だ。




 

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