2008年3月6日木曜日

梅の季節に思う

少し遅いがこの時期になると、吉野の梅林が見たくなる。嫁と遠距離恋愛していた23歳の時期に訪ねた吉野の梅林がとにかく綺麗で、高台から見下ろした梅が今も脳裏に焼きついている。

天気も悪く、雨香の中での鑑賞であり、行った場所も覚えていないのだが、梅林としては人気のあるスポットであったと思う。あいにくの悪天候で人出も少なく、俺達にとっては好都合だった。

ちょうど俺はこの当時に中型バイクの免許をとって、バイクに乗ることがなにより好きだった。アメリカンの中古ビラーゴはすぐに故障してしまい、俺はネイキッドのCBスーパー4を購入して、ツーリングに明け暮れる日々だった。コンビニでバイトしながら、仕事明けには毎日至るところに走っていった。

嫁と付き合っていた当時、富山から出てくる嫁のために、吉野の「下市温泉」に宿を取り、その道中に飛鳥の史跡めぐりを組み込んだプランを練った。バイクで京都駅まで迎えに行き、タンデムでひたすら南下する行程だ。だいたいの道は掴んでいたし、和歌山あたりまで行ったこともあったので、行程は問題ない。楽しみでならなかった。梅を見ようなんざ発想は無く、ただ史跡を見て周り、温泉でゆったりすることだけが楽しみであった。

目当てではなかったが、そんな道中で見た梅が、とにかく綺麗だったのだ。花より飲酒を好む俺が、初めて花を愛でた瞬間であったと思う。もし、もう1度行けと言われてもたどり着けないであろう、有名であろう梅林スポットに偶然迷い込んだ俺は、花を踏んずけてきたそれまでの人生を反省した。

桜でも梅でもひまわりでも、ポキポキ折ってはバットに見立てて素振りし、振り飽きたら捨てていた幼少時代、枝を折った瞬間を見つけられ、桜命の樹主にしばかれたことを思い出した。この親爺、毎年桜が咲くころなると自家製ライトアップ装置を配置して、道すがら歩く人を楽しませることが生きがいであった親爺なのだが、俺は彼の桜の枝を数本折ったのだ。本気で反省した。

この時以来、俺は人並みに花を愛でるようになり、梅、桜、コスモス、その他の花の名前は知らないが、人だかりが出来ていると、そこに立ち寄り、花を眺めては、へぼ俳句を詠んだりするようになった。

梅を見ている間の雨香は、やがて本格的な春霖雨になりだした。合羽を着ていたものの、フルフェイスではない俺のヘルメットは、視界を快適にはしてくれない。とにかく前が見えにくい。

この日の朝から、俺はバイクに乗っていて違和感を感じていた。なんかやたらと目にゴミが入ったり、雨を食らうのだ。休憩する度に違和感は高まった。雨道の運転は初めてではなく、何度も経験済みだったのだが、こんなに運転しにくいほどの前からの種々の攻撃を受けたことがなかった。

チープハンズのギターのふれでいの実家が吉野の山奥で、結界で閉ざされた、地図には記載されていないところにあったのだが、彼の家で小休止して、下市温泉までの道のりをナビしてもらうことになった。彼と待ち合わせて、水も滴るいい男の顔を鏡で見た時に俺はびっくりした。

顔面中に泥が無数に点在していて、ジャンパーにもばりばり斑点が出来ていて、俺は結界を突き破った時に出来た染みかと、真面目に思った。それにしても食らっている泥の量が多すぎる。これだけ泥を食らうのであれば、バイクは雨道には使えない乗り物になる。なんか変だ。

顔を拭き拭きして、よくよく泥の原因を考えた。そして我が愛車を眺めた。

なんか変だ。濃紺の俺の愛車の色彩に少し違和感を感じた。なんか前方が妙に黒いのだ。もっと濃紺の眉毛みたいなものがあったような映像が俺の頭をよぎる。

「な・ない・・・・!!!」   フロントのフェンダーと言うのだろうか、あの泥除けがないのだ。
タイヤがむき出しで、その上に乗っかっていたお月様みたいな濃紺のものがないのだ。

俺の実家では、連日連夜、ヤンキーによるバイク窃盗団が幅を利かせていた。対策としてほとんどの人がブザーを装着して、カバーをして、窃盗団に対する防御をしだしていた。俺もバイクの前輪と後輪をロックして、安全対策をしていた。

安心していたつもりが、窃盗団は本体一式を盗むことが出来なくなると、パーツを外し、セコパーツ屋に売り飛ばすことを考え出した。そんな物騒な話しを聞いた直後の俺のフロントフェンダー・・・。
今頃セコパーツ屋か???

泥を食らいながら、残りの行程を俺は踏ん張った。道という道に泥が通常より多い道を俺はひた走ったわけだが、体を剥がされた愛車の悲鳴と、売り飛ばされたフェンダーがかわいそうでかわいそうで、そして何より、この時まで気付かなかった俺がかわいそうでかわいそうで・・・。嫁には内緒で、「バイクは身を削って走るのが醍醐味じゃ!泥の魅力じゃ! 自然と触れ合うってこういうことじゃ!」と、今は亡きフェンダーには触れずに、前面ガードで泥を俺だけが食らった。

下市温泉で湯浴みし、山奥料理に舌鼓をうち、快適快眠、翌朝は昨夜の努力を天が祝福してくれたかのような晴天で、俺は石ころだけを顔面に食らいながら、嫁を京都駅に送った。楽しきタンデム旅行だった。

梅の季節が来ると、俺はなんとも言えない気持ちを抱く。花を愛でる気持ちなのであるが、それは、一種の喪失感を持っている。散り行く花に無常を重ねるのは日本人の潜在的美意識だ。しかし、俺が抱いている感情は、それとは違う気がする。単純にフロントフェンダーが盗まれ、売買されたことへの怒りとバイバイの悲しみだ。趣はない。

梅が散り、桜が咲きだす頃、バイカー達のの春のツーリングが本格化する。今、手元にバイクは所有していない。酸っぱい思いではあったけれども、いつかまた俺も、バイクに跨って梅林を見に行けたらと思っている。それまでの当面は、バイ・カーだ。

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