2008年3月24日月曜日

記念日の夜

今日は俺の記念日だ。平成8年の今日、俺は結婚した。だから丸12年が経ったのだ。何だか笑える。色んな記念日があって、俺は結構記憶力が素晴らしいので、たいがいは覚えているのだが、結婚記念日というのは、数ある記念日の中でも感慨深いものがある。

なんか、324という数字の配列が俺は好きだ。理由はわからない。でも何だか整っていそうでいてずれていて、絶妙の絵面と響きを感じてしまう。ナンバーズ3でもずっとこの数字で買っていた。吉報はなかったが、今でもこの数字の配列が好きである。

12年前の今日、俺と嫁はわが町のホテルで契りを交わし、今頃は新大阪のホテルにいた。高級ホテルで一泊し、次の日、伊丹空港から成田へ、そしてロンドンへと旅立ったのだ。

俺にとっての海外経験はこの1回だけだ。今でもはっきり覚えている。

本音を言うと、ロンドン・パリなんざ場所には行きたいとは思っていなかった。新婚旅行の行き先を嫁と協議する時、嫁はバリ島やら、フィージーやら、何だかトロピカルな土地だけを希望として出してきた。

俺はトロピカルな対抗として、ジャマイカを出した。ラスタカラーの映像と輝く海の映像・・・。海の輝きで負けていて却下された。

次に俺が選んだのはニューオリンズだ。海の映像よりも河の映像が数多く用意された土地柄、俺はトムソーヤーの話を出しながら、「一緒にポンポン船に乗らないか?」と言った。数秒で却下された。

俺はすねた。思い通りにならないとすねるのは今も変わっていないが、当時は今よりもひどかった。「どうせ、俺の希望なんか聞いてくれへんねんから、お前決めろや!トロピカル以外なら考えたるわ!」と捨て台詞を吐き、旅行計画の打ち合わせを俺は放棄した。

数日後嫁が用意してきたのが、ロンドン・パリだった。俺は素直には切り出せなかったのだが、「リバプール行くんやったら、ロンドンでも許したる。」と偉そうに言ったのを覚えている。ビートルズ絡みの動機からだ。

よく話しを聞くと、リバプールは行程に入っていないそうで、俺は一気に興味が冷めた。そして、また深いすねに入ろうかという時に、嫁が絶妙のタイミングで切り出した。

「今、ロンドンは牛が狂ってるで」

そう、当時はロンドンで狂牛病が猛威を振るっていて、牛の足がガクガクしている映像が連日テレビで垂れ流されていたのだ。俺は興味を示した。そして、すぐに賛同の意を表した。

カブトムシは牛に負けた。俺は牛が狂う土地を見たくなったのだ。

飛行機での長旅を終え、ヒースロー空港に着いた俺は、興奮しきりだった。空港から観光バスに乗ったのだが、全ての行程を俺は興奮しきりだった。ロンドンのホテルに着くとすぐ、俺は渋る嫁を連れて、近隣を散策しまくった。町並みの色彩、横断歩道、歩く人たち、全ての光景に圧倒された俺の飽くなき好奇心は少しの散策で満ちることはなかった。

団体行動の夕飯を終え、夜のくつろぎタイムとなった時、長旅の疲れでぐったりしている嫁に、俺は、「今からパブ行くで!」と誘った。嫁はグロッキー寸前だった。俺に連れられアホみたいに歩かされた挙句、夜の就眠時間も奪われることに腹がたったのか、「わたしはもう寝る」と起き上がらなかった。

俺は切れた。「どあほ! ロンドンまで来て寝てどないすんねん! ロンドンはパブやで~!お前がこんなしらけた奴とは思わなかった。もう知らん!俺1人で行ってくるがな!」と大声で怒鳴りつけ、夜のロンドン市外に繰り出した。

人込み溢れるパブのドアを開いた。ギネスビールを頼み、俺は1人で立ち飲みしていたのだが、じょじょに、片っ端の外人に声をかけ、しまいには、カラオケで「ジョニーBグッド」を歌った。俺の前にカラオケを歌っていた奴はボン・ジョビを歌っていたのだが、俺は「ハラホロハラホロ、ニューオリーンズ~」と上機嫌で歌った。

ジャップがハイテンションで歌う光景を地元の奴らは唖然と見、歌い終わるとえげつない拍手で迎えてくれた。俺にナッツとギネスをくれる奴もいた。片言英語で会話し、俺はほろ酔いで店を出た。

2件目に行くと、そこはなんだか空気が沈んでいた。恋人同士が愛を語り合うようなパブだったみたいだ。場違いな空気を感じた俺はギネスを一本飲んだら帰ろうと思ったのだが、飲んでいる間に、ブサイクなアイルランド人のおっさんに絡まれた。奴は片っ端から他の客に毒を吐き、明らかに皆から敬遠されていたのだが、俺が多少なりとも相手してやるものだから、調子に乗って話しかけ続けてきやがる。

こやつ、アイリッシュという発音にやたらこだわる奴で、俺の発音の中で、アイリッシュだけを何度もダメだししやがった。なんだか鬱陶しくなって、奴がトイレに行っている間に俺は奴のビール瓶を持って店外に出た。一口飲んで捨ててやった。ビンは2件隣のショウウィンドーに置き去りにした。

夜のロンドン、見るもの全てが新鮮だった。交差点の景色、店の佇まいを中心に俺はフラッシュを焚いて写真を取りまくった。

すると、横断歩道の向こうから浮浪者みたいなやつが、急につかつかと俺の方に走ってきて、奇声を上げ、俺からカメラを奪おうとしてきやがる。びびりまくった俺は、奴に触れられる前にダッシュをかまし、数百メートル方角も分からずに走った。交差点では車の行き来も確かめずに無心で走った。

めちゃくちゃびびっていたのだ。走りながらこんなことを考えていた。「神様~、もう嫁を置いて1人で行動しませんから、どうか助けてください。」 ・・・かなりのびびりだ。背後ではまだ奇声が聞こえる。

ある交差点で、俺は人とぶつかりそうになった。その瞬間持っていたカメラのボタンを押してしまったのだろう、フラッシュが光った。

向こうにしたらたまったものではない。目の前をこちらめがけて走ってくる東洋人、そいつが目の前で閃光を出すのだ。逆の立場でもびっくりする。

ソーリーソーリーを連呼しながらも逃げる足を緩めない俺に向けて、彼はこちらを向いて言った。「F××k You!!!!!」 コックニーはない。綺麗な発音だった。ほんまに言うんや?? 俺は感心しながら、タクを広い、ホテルの行き先を告げた。

ホテルに帰ったのは深夜だった。ロビーをこっそり歩いていると、添乗員の女の人が俺の元に寄ってきた。「あの~、余計なお世話かもしれませんが、せっかくの新婚旅行、奥様には優しくしてあげてくださいね。」と言われた。何でも添乗員の部屋は俺達の部屋の隣で、薄い壁を通して、俺達のバトルを全部聞いていたみたいだ。なんか心に沁みた一言であった。

あれから12年、干支を一周した。良い思い出だ。

結婚の形はいろいろあり、いろんな夫婦模様があるのだろうが、こうして結婚記念日を迎えることが出来るのは、なんだか嬉しい。さすがに理不尽に切れることがなくなった俺は、最近は嫁の睡眠妨害をすることが趣味だ。嫁が寝息を立てだす頃に、髪の毛を引っ張ったりするのだ。めったに起きないが、目を覚ました時には、足蹴りを数発食らう。でもなんだか楽しくてやめられない。

高校合格を果たした教え子の保護者から、「奥様とホテルで食事にでも行ってきて下さい。」と高額な商品券を頂いた。牛が狂っていたロンドンで、食べられなかった牛を近いうちに食しに行きたいと思っている。

嫁が寝だした。起きないことを祈念しながらちょっかいを・・・。結婚記念日は過ぎていく。

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